車の中で詳しく話をするよ。前代未聞の大事件発生だ」
「なに、前代未聞の大事件」
「そうだとも。そうしてわれわれは、一生涯の中に、二度とない機会を与えられているんだ。いや、君のように泰然と構えていては、その絶好の機会も掌の中からどんどん逃げ出しそうだ。早くせんか、この黄色い南瓜《かぼちゃ》の君よ」
「これは済まぬことをした。待っていてくれ、急いで支度をするから……」
水戸は何事とも知らないが、やっと事態の重大性を呑み込めたと見え、それからは室内をこま鼠のようにくるくる走りまわって登山の支度に取り懸った。
「食糧はある。君の大切にしている君の国の酒の壜だけは忘れないように」
「おう、合点《がてん》だ」
猶予時間《ゆうよじかん》を十分間まで使わないで水戸はドレゴの操縦する車の中へ乗りこんで、彼と肩を並べた。車は走りだした。こんどは猛烈な速度で、ヘルナーの登山道をどんどん飛ばした。何にも知らない漁師や農夫が、危くはねとばされそうになって、車のあとへ呪いの言葉を投げつけた。
「一体どうしたのか。前代未聞の大事件というのは……」
水戸はドレゴの脇腹《わきばら》を小突《こづ》いた。
「おお、そのことだ。言葉で説明する前に、まず君の目で見て貰った方がいいだろう。ヘルナーの頂《いただき》に注意して見給え」
「なに、ヘルナーの峰を見ろというのか」
水戸は、きっとなって、顔を風よけの硝子《ガラス》の方へ近づけると、首をねじ曲げてヘルナーの峰を探した。
「ここらの連中と来たら呑気《のんき》すぎるよ。僕が発見してからもうかれこれ三十分になるのに、誰も気がついていないのだから……」
「おう、あれか」と水戸の声は慄《ふる》えた。
「なるほど不思議だ。雪のあるヘルナーの峰が盛んにもえている……」
そういった水戸の言葉を、今度は逆にドレゴが愕く番となった。
「なに、ヘルナーの峰が燃えているって。そんなはずはない」
「そんなはずはないといっても、確かに燃えているよ。炎々たる火焔が空を焦がしている」
「え、それは本当か」
ドレゴはさっと顔色をかえて、車を停めた。そして扉をあけて下へ立った。
おお、なるほどヘルナー山頂は火焔と煙に包まれていた。例の汽船の姿はその煙の中に殆んど没入していた。さっきまでは煙一筋もあがっていなかったのに、これはどうしたことであろうか。
友はしきりに感歎の声を漏ら
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