りぎわになってやっとその機会が来た。一旦道へ出た五助は、忘れものをしたように装いながら、雪穴へ引返して、兄にその魔神を見た話をしたのだ。
 一造はその魔神の話を一笑に附した。第一地蔵の森は、青髪山よりずっと下にあること、またその足跡と見えたのは、雪を吹きつけた風の悪戯《いたずら》であること、それから雪の中では眼が変になって、よくそうした青いものを見ることがあることなどをあげて、それは青髪山の魔神ではないと結論したのだった。せっかくの一造の説明も五助の疑惑をすっかり払うほどの力はなかった。――まあ、こういう話だった。
「彦くん。いよいよ来たよ。地蔵の森だ」
 五助が叫んだ。
「ああ、地蔵の森か。魔神は見えるかい」
「いや、今日は出ていないや」
 雪はやんでいた。見とおしはよかった。地蔵の森の木立も、硝子にとおしたように、はっきり見えていた。なるほど、五助のいう魔神らしき怪しい影は何も見えなかった。
「今日は足跡もついてないや」
 五助は、森の前を通り抜けるときに、そういった。彦太は笑った。しかし五助は笑わなかった。
 それから一里の苦しい雪の山道が始まった。折悪しく急に風がかわって、粉雪
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