。
「あれから、青髪山へ行ったかい」
と、彦太は五助にたずねた。
「いや、行かないよ。行かれないんだよ、彦ちゃん」
「なぜさ」
「だって、この村では、青髪山の魔神のたたりがおそろしいといって、もう誰も山へのぼらせないことになったんだ」
「それはおかしいね」と彦太は口をとがらせていった。「青髪山の魔神をこわがるなんて迷信だよ。そんな迷信をかついでいたのでは、いつまでたっても日本は世界のお仲間にはいれないよ」
「だって、僕だって青髪山を思出してもぞっとするからね。地蔵の森にあやしい帯みたいなものがとんでいたこと、舟のような形をしている足跡、一造兄さんが行方不明になるし、大雪崩はあるし、それから大吹雪――そうそう、それにあのとき僕の手が血だらけになっていたことを君もおぼえているだろう。こんなにあやしいことだらけだもの」
そういった五助の顔には血の気がなかった。彦太は首を左右にふって、
「だめ、だめ。そのようにおびえていては、いつまでたっても正体をつかむことはできないよ。さあ、これから僕といっしょに青髪山へ行ってみよう。もう山の雪はとけているだろうね」
と、強い声でいった。
五助ははじめ気がすすまなかったけれど、彦太にはげまされ、迷信をやぶった方がいいと思い、それにほんとうは兄の遺骸《いがい》でも見つけて葬ってあげたいと思っていたので、ついに彦太のことばに従って、ひそかに二人で青髪山へのぼることに心をきめた。
用意は前の日にし、翌朝まだ暗いうちに二人の少年は村をあとにして山のぼりをはじめたのだった。雪はとけていた。春の山草の香がぷんぷん匂っていた。そして朝日が東の山の上に顔を出すころ、ちょうど青髪山の峯についた。
兄一造のこもっていた穴の入口を見つけることは、そんなにむずかしいことではなかった。もちろん雪はなく、入口は半くずれになっていた。二人はその前に立って、顔を見合わせた。五助の目にはきらりと涙が光った。
「元気を出して、そして、おちついて物事を考えなければいけないんだよ」と彦太が大人のような口をきいた。「この前、僕たち二人がここへのぼった日の三日前に、五助ちゃんはお雪ちゃんといっしょにここへ来て、一造兄さんの元気なすがたを見たんだったね」
「そうとも」
「そこまでは無事だったが、僕たちが山をのぼって来ると銃声がきこえ、それからここへかけつけると、穴の中に一
前へ
次へ
全15ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
丘 丘十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング