の間だけが休息だつた。しかし初めから幾列車待つとわかつてゐたのでないから、草原に寢ころんでゐた連中も、一つの軍用列車が通り過ぎると急いで車の中へ戻つて來たり、また下りて行つたりするので、相當にうるさかつた。
 やがて動き出したかと思ふと、少し行つては停まり、また少し行つては停まり、停車場でもなんでもない所で停まつたり動き出したり、何をしてるのかまるでわからなかつた。こんなことにずゐぶんと時間を空費して、最後に本氣になつて走り出した時でも、速力はあまり出さなくなつてゐた。
 乘客は決して減らないで、停車場ごとに殖える一方だつた。停車場の名前はペンキで塗りつぶしてあつたり、布で蔽つてあつたりして、しまひにはどの邊を通つてるのか見當がつかなくなつた。
 ――トゥールはまだですか?
 私は人を掻き分けて通つてる一人の若い男に聞いた。その男はさつきオルレアンで私に水を上げませうかといつて水呑をさし出した青年だつた。彼は英語を話した。
 ――トゥールは通りません。私たちはトゥールをばあつちの方角に見て別の線を通つてるのです。
 さういつて彼は右手の方を指ざした。その邊から私はわからなくなつてしまつた。トゥールを右の方へ引き離して走つてるのだとすると、私たちの列車はポアティエをば通らないで、リモーヂュの方へ進んでるのだらうか? 地圖で見ると、さうとしか思へなかつた。私は隣りに立つてる瘠せた小さい男に聞いて見たが、彼もどこを通つてるのか知らないといつた。彼は今夜はアンダイエに泊つて明日エスパーニュの弟の所へ行くのだといつてゐた。
 ――エスパーニュはどこへ?
 ――トロサ。
と彼は答へた。トロサは私は何度も通つて知つてる所だつた。私のベレ帽もトロサの製品だ。ベレ帽はバスクの固有のもので、フランスでもそれをかぶつてゐるのをたくさん見るけれども、本場はトロサだとエスパーニャ人は威張つてゐた。
 さつきの青年がまた人を掻きわけて通りかかる。小さい女の子をつれてゐる。その女の子が便所へ行くのを手傳つてるのである。便所の前には人がいつぱい立ち塞がつてゐた。その人たちに道をあけてもらひ、女の子を中へ入れて、彼はドアの前に立つてゐる。さういへば、彼はさつきも他の一人の女の子をつれてゐた。私は彼に話しかけた。
 ――ボルドーには何時に着くでせう?
 ――六時頃の筈ですが、おくれるでせう。
 時計を
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