共演しろ、その後はまた仲違をしたくば勝手にしろ、といつた。大大夫は仕方なく承諾した。当日まで二人は申し合せなどはもちろんすることなく、いよいよ幕を出る間際になつて、宮王大夫は大大夫に向ひ、どちらが先に出るのかと聞いた。大大夫は宮王大夫に先に出ろといつた。先に出る方がツレの役である。やがて二人は舞台に出ても、日頃の鬱憤が晴れないで、互ひに協調しなければならぬことは知つてゐながらもそれがしたくなく、互ひにむきになつて対抗しながらも併し不調和になつてはいけないといふことは知りきつてゐた。その真剣な競演はクセになつて絶頂に達した。「神の宮滝」の地で、一人が正面へサシ込むと、他の一人はわざと下をサシ廻し、「西河の滝」で、一人が下を見ると、他の一人は上を見る。と、いつたやうな風で、互ひに即くまい即くまいと努めながら、それでゐて、要所要所は一糸乱れず呼吸が合つてゐたので、秀吉は期待した以上の面白い能を見ることができて満足したといふのである。
 此の話はどの程度まで事実であるか知らないが、昔の能の演出の一つの情景を伝へてゐる点で興味がある。能に限らず、すべて昔の日本の技芸は各人が真剣になつて最善をつくすところに妙味があつた。剣道などでは殊にそれが生命となつてゐた。その場に臨むと、親、親に非ず、師、師に非ず、といつたやうな意気があつた。その意気が昔は能の演出の生命であつた。しかし、今日の能の演出にはその意気はあまり見られなくなつた。もしそれが全く見られなくなつた時は、能は(今日の舞楽と同じやうに)憐れな美しい屍骸と化した時である。能は、少くとも形式だけは、まだ長くつづくであらう。しかし、現下の状態では余命幾ばくぞやの感なきを得ない。
 事態かくの如くなつた以上は、もはや昔の演出の組織の如くシテを舞台監督者と見做して統制しようとしても、それは木に縁つて魚を求めるが如きものである。実行の可能な一つの方法としては、宝生九郎翁の如く、最も有能な実力者が後見となつて、或ひは地頭となつて、演出を監督すべきである。しかし、その前に、能役者・アヒ・囃子方・地謡の性根から入れ替へてかからなければならぬことは言ふまでもない。
 さて、舞台監督の談義が少し長くなつたが、前にも述べた如く、能の芸術価値は殆んど全くその演出の上に係つてゐるのであるから、その演出の理論と実際について少し詳細に亘つて述べて見たいと
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