パリの地下牢
野上豊一郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)聖《サン》ルイ島
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#二の字点、1−2−22]
〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ
(例)〔Je suis garde' a` vue〕
アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください
http://aozora.gr.jp/accent_separation.html
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[#ここから4字下げ]
Alas, then, is man's civilisation on'y a wrappage, through which the savage nature of him can still burst, infernal as ever? Nature still makes him: and has an Infernal in her as well as a Celestial.
[#ここで字下げ終わり]
[#地から1字上げ]―― Carlyle
一
イル・ド・ラ・シテ(町の島)はパリ発祥の地で、俗に「パリの目」とも呼ばれるが、文化史的に見ると、それは同時に「フランスの目」でもあった。その位置をパリの地図についていうと、セーヌ河が右下(南東)から中央に山形を描いて左下(南西)の方へ流れている。その山形の右寄りの肩のあたりで、セーヌは幅広くなって、二つの島を浮かべている。右がイル・サン・ルイ(聖《サン》ルイ島〉で、左がイル・ド・ラ・シテである。
イル・ド・ラ・シテは今から二千年前、ユリウス・ケーサルが今のフランスの地に侵入していたゴート人を撃退した頃は、ラテン名でルテティアと呼ばれ、セーヌはセクアナと呼ばれていた。ルテティアはその後ローマ帝国の支配の下に次第に繁栄し、村から町となり、しばしばローマ皇帝の行在所となり、重要な都市的機構を持つようになり、聖《サン》ドゥニ、聖ジュヌヴィエヴなどの時代を経て、シャールマーニュ帝の頃また大いに発展し、くだってカペ朝のフィリプ・オーギュストはパリを拡張し、聖ルイ(ルイ九世)は更に輝かしい功績をパリの歴史に加え、近代のパリ繁栄の基礎を作り上げた。
イル・ド・ラ・シテは長い間パリの中心であっただけに、今でも主要な建物がいろいろ遺っている。ノートル・ダーム、サント・シャペル、パレー・ド・ジュスティス等がその顕著なものである。ノートル・ダームの大寺はローマ時代にはユピテルの神殿のあった位置で、イル・ド・ラ・シテが「パリの目」なら、ノートル・ダームはその「瞳」だといってもよい。ここに寺の建てられたのは四世紀の半ば過ぎで、初めは聖エティエンヌと呼ばれていた。それを聖母(ノートル・ダーム)に捧げる寺にしたのはいつ頃からかよくわからないが、ヴィクトル・ユーゴーに拠れば、シャールマーニュ帝が最初の礎石を置いたというから、そうすると八世紀の末か九世紀の初めであっただろう。今の建物は十二世紀の後半から十四世紀の初期までかかって完成されたもので、荘厳無比のそのゴティク様式は、ランス、アミアン、シャルトル等の大寺と共にフランスの誇りであり、書けばそれだけでも一冊の本になるほどの資料がある。
サント・シャペルは昔の王宮の礼拝堂で、聖《サン》ルイが第七・第八十字軍遠征から持って帰った遺物(今はノートル・ダームの宝蔵にある)を納めて礼拝するために建てたもので、フランス建築史の上では最も重要な建物の一つである。私たちを案内した吉川君が一番にここを見せてくれたのもその意味からであった。この礼拝堂がパレー・ド・ジュスティス(裁判所)の一角にくっ付いてるのは、ちょっと見ると、異様にも見えるが、パレー・ド・ジュスティスはパレー(宮殿)の言葉が示す如く、もともとフランスの王宮として建てられたもので、十五世紀以来法廷として使用されるようになったのであるが、それ以前においても聖ルイはその一部を議会《パールマン》(即ち最高立法部)に提供していた歴史がある。私たちはパリ滞在中にこの裁判所の前庭で、ラシーヌの唯一の喜劇『レ・プレーデュール』(訴訟きちがい)がコメディ・フランセエズの俳優たちに依って慈善興行として演じられるのを見に行ったことがある。裁判所で裁判を揶揄した芝居をやらせるのも愉快だが、使われたのは五月庭と呼ばれる広い前庭とその大きな階段(その上が舞台になる)だけではなく、正面の建物(ガレリ・マルシャンド)と左手の建物(ガレリ・ド・ラ・サント・シャペル)も背景として利用されたのだから愉快である。――そんな風だからフランスはあんな負け方をしたのだという人が
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