てある。何にするものかちょっとわからなかったが、婆さんの説明によると、子供がその横木につかまって押すと柱が廻るようになっている。しかしウィリがそれにつかまって独り遊びをしていたとは婆さんは断言しなかった。今一つは棚の上に載せてある古風な|鼠おとし《マウストラプ》で、二尺に一尺ほどの箱に簡単な枠《わく》を立て、枠の心棒から箱の片側の横木に糸が張ってある。婆さんはそれを指ざして、『ハムレット』に使ったのはこれです、といった。劇中劇の場面で、王が此の芝居は何という外題だと聞くと、ハムレットは The Mouse−trap(鼠おとし)と答える。はて、どうして? たとえごと。と自問自答の言葉がつづく。王の良心を罠にかけて見ようとするハムレットの魂胆を、シェイクスピアが子供の頃台所の片隅で見覚えていた此の捕鼠器から思いついたものだとすれば、たとえごと[#「たとえごと」に傍点]という所に人のあまり使わない tropically なんて変な言葉を使った心理にも、その副詞は trope という名詞から来て、figuratively と同義語になったもので、trope は元来ギリシア語の tropos(転回)から出たのだなどと、そんなうるさいことは言わなくとも、少年のウィリがいつも此の器械に鼠のかかる時枠の心棒につないだ小さい横木の廻転するのを興味深く見ていた印象が残っていて、それを trap に似た語感の上から使って見たくなったものではなかろうか、と、そんな学究もどきの役にも立たない屁理窟をこね廻して喜んだりするのは、蓋し、学究なんてものをば初めから無視していた天才の真骨頭を体得していないからだろう。
|鼠おとし《マウストラプ》はそのくらいにして今度は詩人の親爺さんの店へ案内しましょう、と婆さんに促され、東側の家に入って行くと、其処は博物室《ミュジーアム》と図書室《ライブラリ》になっていて、詩人に関する多くの遺物と肖像画出版物などが陳列されてあり、詳細なカタログが一シリング六ペンスで売られている。それを抜き書きする労力は省きたい。書棚には“quartos”の各種やアシュバートン文庫から二万ポンドで購入したといわれる“the first folio”の完全な一組が揃っていて、蔵書癖のある訪問者の目を羨ませがらしている。
問題は、ああした立派な作品をたくさん書き遺した天才がどうして斯
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