はあるけれども、恐らくエトナの麓の海岸は、それ等すべての美観を以ってしても遠く及ばないものと言えるだろう。
 私たちはナポリから船で一夜を明かして、パレルモに上陸し、シチリアの島を不等辺三角形に一周して、シラクーザから汽車でその海岸を北上してタオルミーナに着いたのは六月八日(一九三九年)の夕方だった。町は海岸の停車場から五キロほど山道を曲りくねって登った所に嶮しい階段のように造られ、海抜二〇〇米の懸崖の上に家が家を負んぶしたような奇観を呈している。家屋の大部分は古代・中世から保存されて来た頗る興味ある様式のもので、今は人が住みながら、パレルモ芸術協会の特別保護建造物として指定されている。旅行者のためのホテルやペンシオネの多くは、しかし、近代様式で、町から少し低い位置の坂の中腹とか崖の出っ鼻とかに建てられてある。私たちの泊ったホテルはボオ・セジュルといって、カポ・タオルミーナとカポ・サンタンドレアの間のイソラ・ベラの小島の浮かんでる美しい入江を見下す断崖の上に立っていた。
 其処へ到着するまで車はうねうねした坂道を唸りながら駈け登ったが、坂道を曲る度に展望が開けて、夕映の空を背景として斑
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