眞似て子供をあやし眠らしむ
乳母なく侍女なく、名門の主婦自ら搖籃の傍にありてその幼兒を愛撫する質素の美風を擧げしなり
一二四―一二九
【トロイア人、フィエソレ、ローマ】いづれもフィレンツェ市の起原に密接の關係あれば、特によろこびてこれらの物語を聞きたるならむ。フィエソレについては地、一五・六一――三註參照
【チアンゲルラ】ダンテと時代を同うせるフィレンツェの女。惡女の典型としてこゝに
【ラーポ・サルテレルロ】不徳なるフィレンツェの状師、ダンテと同時代の人にてかつ彼と同時にフィレンツェより追放されし者
【チンチンナート】クインティウス(天、六・四六―八註參照)、質樸誠實の典型
【コルニーリア】グラックス兄弟の母(地、四・一二七――三二註參照)
【いと異しと】その頃惡人の極めて少かりしこと今善人の極めて稀《まれ》なるに似たり
一三三―一三五
【マリア】わが母産の苦しみに臨み聖母の名を唱へてその助けを求め(淨、二〇・一九―二一參照)、我を生みたり
【昔の授洗所】聖ジョヴァンニの洗禮所(地、一九・一六―二一參照)。その起原は七八世紀の昔に遡るといふ
【カッチアグイーダとなり】洗禮を受けてキリスト教徒となると同時にカッチアグイーダと名づけられしなり
『神曲』以外カッチアグイーダの事蹟を傳ふるものなし
一三六―一三八
【モロントとエリゼオ】傳不詳
【ポーの溪】フェルラーラ(ポー河附近の町)のアルディギエーリ家のことなりといふ、されど異説ありて明らかならず
一三九―一四一
【クルラード】ホーエンシュタウフェン家のコンラッド三世(一一五二年死)。一一四七年フランス王ルイ七世とともに第二十字軍を率ゐて聖地に入りしが軍利あらずして國に歸れり
一四二―一四四
【牧者達の過のため】法王等意を用ゐざるため(天、九・一二四―六參照)
【汝等の領地】當然キリスト教徒に屬すべき聖地
【人々】サラセン人
【律法】宗教
第十六曲
カッチアグイーダ、ダンテの請ひに應じてさらにフィレンツェの昔譚をなす
一―九
ダンテはカッチアグイーダの物語を聞きその祖先にかくの如き人あるを知りて自ら誇りを感じたれば、即ちこゝにこれを自白しかつ氏素姓その物の價値甚だ少きことをいへり
【情の衰ふ】世人の情は健全ならず弱くして迷ひ易し、ゆゑに眞に愛すべきものを愛せず、その誇りを氏素姓の如きに求む。
【逸れざる】虚僞の幸に向はず、常に眞の幸を求むる
迷ひなき天たありてさへ、われこの小《さゝや》かなる尊さに誇りを感じたれば、迷ひ多き世の人のこれに誇るも異しむ足らず
【衣】血統《ちすぢ》の尊さは美しき衣の如し、されど時なるもの鋏をもてたえずこの衣を斷ちこれを短うするが故に日に日に補ふにあらざれば身の飾りとなし難し(祖先の誇りも子孫の徳に補はれざれは永く保たじ)
一〇―一二
【ヴォイ】複數代名詞の voi(汝等)を單數代名詞 tu(汝)の代りに用ゐて敬意をあらはす。ローマ人がかく一人に對して複數代名詞を用ゐしことはまことは三世紀に始まれるなれど、かれらがカエサルに對してかゝる敬語を用ゐしをその濫觴とすとの説中古一般に信ぜられきといふ
前曲にてはダンテ、カッチアグイーダにむかひて tu の變化なる te(八五行)を用ゐたり。また『神曲』中ダンテがこの敬語(即ちヴォイ)を用ゐし例はブルネット・ラティーニ及びベアトリーチェに對せる場合に見ゆるのみ、但しこの語の變化を用ゐし例はその他にもあり
【その族の中にて】註釋者曰。他のイタリアの市民間にはこの複數の敬語今猶多く用ゐらるれどもローマの市民最も多く tu を用ふと
一三―一五
【ジネーヴラ】ギニヴァー(地、五・一二七以下參照)
【女】王妃ギニヴァーの侍女。ランスロットと王妃の戀を知り、咳《しはぶ》きしてこの咎を知れるを示せり。猶ダンテがその語《ことば》を改むるほど祖先に誇りを感ずるを見、世人共通の弱點に對してベアトリーチェの微笑せるに似たり
但し「最初の咎」の意明らかならず、ダンテが讀みたりと信ぜらるゝ『ランスロット物語』Lancelot du Lac によれば侍女の咳せしは王妃とランスロットとの睦言に對してなり(トインビー博士の『ダンテ考』Dante Studies and Researches にフランスの原文とその英譯と出づ)、されどダンテの記憶に誤りありきとも將又《はたまた》技巧の上より特に多少の變改を施せりとも解せられざるにあらざれは、從來の説に從つてかのふたりの間の接吻と見なすを妨げじ、パッセリーニ伯(一九一八年版註)は後記を採れり
一六―一八
【汝】原文には voi の語三たび出づ
一九―二一
【多くの流れにより】汝の言を聞き、さま/″\の原因により
【壞れず】人間の受くるをうる悦びには限りありて、その度を超ゆればかへつて
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