の營養は左に屬すと
一三〇―一三二
【イルルミナートとアウグスティン】ともにフランチェスコの最初の弟子なれば最初の素足の貧者といへり
【紐】この派の僧の帶とせる細紐(地、二七・九一―三註參照)
一三三―一三五
【ウーゴ・ダ・サン・ヴィットレ】ユーグ・ド・サン・ヴィクトル。名高き神秘派の神學者、パリなる「聖ヴィクトル」僧院に入り、一一四一年に死す、著作多し、十曲に見ゆるリシャール(一三一行)及びペトルス・ロムバルドゥス(一〇七行)は彼を師とせりと傳へらる
【ピエートロ・マンジァドレ】ペトルス・コメステル。(マンジァドレ――多食者――は異名なり、書を嗜むによりてこの名ありといふ)フランスの神學者、十二世紀の始めイロワイエに生れ、一一六四年パリ大學に長たり、後、「聖ヴィクトル」僧院に退き一一七九年に死す、著書數卷あり、就中寺院史(Historiascholastica)最もあらはる
【ピエートロ・イスパーノ】ペドロ・ユリアーニといふ、リスボン(ポルトガルの)の人なり、一二七六年ハドリアヌス五世の後を承けて法王となりヨハンネス二十一世と稱す、翌七年ヴィテルポなる法王宮の一部崩潰しペドロ爲に壓死す、その著作に論理綱要十二卷あり
一三六―一三八
【ナタン】王ダヴィデの罪を責めしヘブライの豫言者(サムエル後、一二―一以下)
【クリソストモ】ヨハンネス・クリソストムスといふ、クリソストモ(黄金の口)はその能辯を表はせる異名なり、三四七年の頃アンテオケアに生れ、三九八年コンスタンティノポリスの大僧正となり、後廢せられて流竄の中に死す(四〇七年)
註釋者曰く。クリソストムスが皇帝アルカディウスの罪を責めしことナタンがダヴィデを責めしに似たればこゝにこの兩者を配せるなりと
【アンセルモ】聖アンセルムス。一〇三三年の頃ピエモンテのアオスタに生れ、一〇九三年イギリス王の知遇をえてカンターベリーの大僧正となり、一一〇九年に死す、著作多し
【ドナート】アエリウス・ドナートゥス。ローマの文法學者、四世紀の人にてテレンチオ及びウェルギリウスの註疏の外ローマの文法書を編纂す、この書長く教科書として世に用ゐられきといふ。第一の學術[#「第一の學術」に白丸傍点]とは三文四數(地、四・一〇六――八註參照)の中の第一にあるもの即ち文法の義
一三九―一四一
【ラバーノ】ラバヌス・マウルス・マグネンティウス。ドイ
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