ず、良心我を責めざるなり。 九一―九三
彼|笑《ゑ》みつゝ答へて曰ふ。汝覺ゆるあたはずば、いざ思ひいでよ今日《けふ》この日汝がレーテの水を飮めるを 九四―九六
それ烟をみて火あるを知る、かく忘るゝといふことは他《ほか》に移りし汝の思ひに罪あることをさだかに證《あかし》す 九七―九九
げにこの後はわが詞いとあらはになりて、汝の粗《あら》き目にもみゆるにふさはしかるべし。 一〇〇―一〇二
光いよ/\はげしくして歩《あゆみ》いよ/\遲き日は、見る處の異なるにつれてこゝかしこにあらはるゝ亭午の圈を占めゐたり 一〇三―一〇五
この時あたかも導者となりて群《むれ》よりさきにゆく人が、みなれぬものをその路に見てとゞまるごとく 一〇六―一〇八
七人《なゝたり》の淑女は、とある仄闇《ほのぐら》き蔭(縁の葉黒き枝の下なる冷やかなる流れの上にアルペの投ぐる陰に似たる)果《はつ》る處にとゞまれり 一〇九―一一一
我は彼等の前にエウフラーテスとティーグリと一の泉より出で、わかれてゆくのおそきこと友のごときを見しとおぼえぬ 一一二―一一四
あゝ光よ、すべて人たる者の尊榮《さかえ》よ、かく一の源よりあふれいでてわかれ流るゝ水は何ぞや。 一一五―一一七
わがこの問ひに答へて曰ふ。マテルダに請ひ彼をしてこれを汝に告げしめよ。この時かの美しき淑女、罪を辨解《いひひら》く人のごとく 一一八―
答ふらく。さきに我この事をもほかの事をも彼に告げたり、またレーテの水いかでかこれを忘れしめんや。 ―一二三
ベアトリーチェ。さらにつよく心を惹《ひ》きてしば/\記憶を奪ふもの、彼の智《さとり》の目を昧《くら》ませしなるべし 一二四―一二六
されど見よかしこに流るゝエウノエを、汝かなたに彼をみちびき、汝の常に爲す如く、その萎《な》えたる力をふたゝび生かせ。 一二七―一二九
たとへば他人《ひと》の願ひ表示《しるし》となりて外部《そと》にあらはるゝとき、尊《たふと》き魂|言遁《いひのが》るゝことをせず、たゞちにこれを己が願ひとなすごとく 一三〇―一三二
美しき淑女我を拉《ひ》きてすゝみ、またスターツィオにむかひてしとやかに、彼と倶に來《こ》よといふ 一三三―一三五
讀者よ、我に餘白の滿《みた》すべきあらば、飮めども飽かざる水の甘《うま》さをいさゝかなりともうたはんものを 一三六―一三八
第二の歌に充《あ》てし紙はやみなこゝに盡きたるがゆゑに、技巧の手綱にとゞめられて我またさきにゆきがたし 一三九―一四一
さていと聖なる浪より歸れば、我はあたかも若葉のいでて新たになれる若木のごとく、すべてあらたまり 一四二―一四四
清くして、諸※[#二の字点、1−2−22]の星にいたるにふさはしかりき 一四五―一四七
[#改丁]
註
第一曲
ダンテ、ウェルギリウスと淨火の海濱に立ち、こゝに島守カトーにあふ、カトー詩人等のこゝに來れる次第をききてその登山を許し且つウェルギリウスに命じまづ岸邊の藺をダンテの腰に束ねまた彼の顏を洗ひて地獄の穢れを除かしむ
一―三
【酷き海を】地獄の刑罰の如き恐ろしき詩材をはなれ
【優れる水を】淨火の歌をうたはんとて
四―六
【第二の王國】淨火即ち救はれし魂天堂にいたるの前まづその罪を淨むる處。當時寺院の教ふるところによれば淨火は地獄に接してこれと同じく地下にあり、これをかく南半球の孤島に聳ゆる美しき山となせるはダンテの創意なり
七―一二
【ムーゼ】ムーサ、詩・音樂等を司る女神(地、二・七―九註參照)
【汝等のもの】汝等を尊崇するもの
【死せる詩】滅亡の民を歌へる詩。これを再起せしむるは望み絶えざる淨火の民をうたはんためなり
【カルリオペ】ムーサの一にして史詩を司る
【ピーケ】テッサリア王ピロスの九人の女。ムーサを侮りこれと歌を競《くら》べんことを求む、カルリオペ即ちムーサの代表者となりこれに應じて勝ち、彼等のなほ罵るを惡み變じて鵲となす(オウィディウスの『メタモルフォセス』五・三〇二以下)
【赦】彼等の僭上に對する
一三―一五
【碧玉】ブーチの註に曰。碧玉に二種あり、一を東の碧玉といふ、東の方メディアの産なればなり、この珠他の一種のものにまさりて光を透さず云々
【第一の圓】地平線。即ち地平線にいたるまで一天蒼碧となれるをいふ
ムーア本には「清き中空《なかぞら》より第一の圓にいたるまでのどけき姿にあつまりて」とあり
一六―一八
【死せる空氣】暗き地獄の空氣
一九―二一
【戀にいざなふ】その光によりて(天、八・一以下參照)
【美しき星】金星即ちこゝにては明《あけ》の明星
【雙魚】金星の光強くしてこれとともにめぐる雙魚宮の星の光を消せるなり
以上四月十日早朝の景を敍せるなり、金星この時雙魚宮にありとすれば時は日出前一時と二時の間即ち午前四時と五時の
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