なり 七六―七八
母たる者の子に嚴《いかめ》しとみゆる如く彼我にいかめしとみゆ、きびしき憐憫《あはれみ》の味《あぢ》は苦味《にがみ》を帶ぶるものなればなり 七九―八一
彼は默せり、また天使等は忽ちうたひて、主よわが望みは汝にあり[#「主よわが望みは汝にあり」に白丸傍点]といへり、されどわが足を[#「わが足を」に白丸傍点]の先をいはざりき 八二―八四
スキアヴォーニアの風に吹寄せられてイタリアの背なる生くる梁木《うつばり》の間にかたまれる雪も 八五―八七
陰を失ふ國氣を吐くときは、火にあへる蝋かとばかり、溶け滴りて己の内に入るごとく 八八―九〇
つねにとこしへの球の調《しらべ》にあはせてしらぶる天使等いまだうたはざりしさきには、我に涙も歎息《なげき》もあらざりしかど 九一―九三
かのうるはしき歌をきゝて、彼等の我を憐むことを、淑女よ何ぞかく彼を叱責《さいな》むやと彼等のいふをきかんよりもなほ明《あきら》かに知りし時 九四―九六
わが心のまはりに張れる氷は、息《いき》と水に變りて胸をいで、苦しみて口と目を過ぎぬ 九七―九九
彼なほ輦《くるま》の左の縁《ふち》に立ちてうごかず、やがてかの慈悲深き群《むれ》にむかひていひけるは 一〇〇―一〇二
汝等とこしへの光の中に目を醍《さま》しをるをもて、夜《よる》も睡りも、世がその道に踏みいだす一足をだに汝等にかくさじ 一〇三―一〇五
是故にわが答への求むるところは、むしろかしこに泣く者をしてわが言《ことば》をさとらせ、罪と憂ひの量《はかり》を等しからしむるにあり 一〇六―一〇八
すべて生るゝ者をみちびきその侶なる星にしたがひて一の目的《めあて》にむかはしむる諸天のはたらきによるのみならず 一〇九―一一一
また神の恩惠《めぐみ》(その雨のもとなる水氣はいと高くして我等の目近づくあたはず)のゆたかなるによりて 一一二―一一四
彼は生命《いのち》の新たなるころ實《まこと》の力すぐれたれば、そのすべての良き傾向《かたむき》は、げにめざましき證《あかし》となるをえたりしものを 一一五―一一七
種を擇ばず耕さざる地は、土の力のいよ/\さかんなるに從ひ、いよ/\惡くいよ/\荒る 一一八―一二〇
しばらくは我わが顏をもて彼を支《さゝ》へき、わが若き目を彼に見せつゝ彼をみちびきて正しき方《かた》にむかはせき 一二一―一二三
我わが第二の齡《よはひ》の閾《しきみ》にいたりて生を變ふるにおよび、彼たゞちに我をはなれ、身を他人《あだしびと》にゆだねぬ 一二四―一二六
われ肉より靈に登りて美も徳も我に増し加はれるとき、彼却つて我を愛せず、かへつて我をよろこばす 一二七―一二九
いかなる約束をもはたすことなき空しき幸《さいはひ》の象《かたち》を追ひつゝその歩《あゆみ》を眞《まこと》ならざる路にむけたり 一三〇―一三二
我また乞ひて默示をえ、夢幻《ゆめまぼろし》の中にこれをもて彼を呼戻さんとせしも益なかりき、彼これに心をとめざりければなり 一三三―一三五
彼いと深く墜ち、今はかの滅亡《ほろび》の民を彼に示すことを措きてはその救ひの手段《てだて》みな盡きぬ 一三六―一三八
是故にわれ死者の門を訪《と》ひ、彼をこゝに導ける者にむかひて、泣きつゝわが乞ふところを陳べぬ 一三九―一四一
若し夫れ涙をそゝぐ悔《くい》の負債《おひめ》を償《つぐの》はざるものレーテを渡りまたその水を味ふをうべくば 一四二―一四四
神のたふとき定《さだめ》は破れむ。
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   第三十一曲

あゝ汝聖なる流れのかなたに立つ者よ、いへ、この事|眞《まこと》なりや否や、いへ、かくきびしきわが責《せめ》に汝の懺悔のともなはでやは 一―三
彼は刃《は》さへ利《と》しとみえしその言《ことば》の鋩《きつさき》を我にむけつゝ、たゞちに續いてまた斯くいひぬ 四―六
わが能力《ちから》の作用《はたらき》いたく亂れしがゆゑに、聲は動けどその官を離れて外《そと》にいでざるさきに冷えたり 七―九
彼しばらく待ちて後いふ。何を思ふや、我に答へよ、汝の心の中の悲しき記憶を水いまだ損《そこな》はざれば。 一〇―一二
惑ひと怖れあひまじりて、目を借らざれば聞分けがたき一のシをわが口より逐へり 一三―一五
たとへば弩《いしゆみ》を放つとき、これを彎《ひ》くことつよきに過ぐれば、弦《つる》切れ弓折れて、矢の的に中る力の減《へ》るごとく 一六―一八
とめどなき涙|大息《といき》とともにわれかの重荷《おもに》の下にひしがれ、聲はいまだ路にあるまに衰へぬ 一九―二一
是に於てか彼我に。われらの望みの終極《いやはて》なるかの幸《さいはひ》を愛せんため汝を導きしわが願ひの中に 二二―二四
いかなる堀またはいかなる鏈を見て、汝はさきにすゝむの望みをかく失ふにいたれるや 二五―二七
また他《
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