トその埋葬の費を辨ぜりといふ、ダンテの彼を賞せる詞他の著作にもいづ(『コンヴィヴィオ』四、五・一〇七以下及び『デ・モナルキア』二、五・九〇以下參照)
三一―三三
第三例、ニコラウス(ニッコロ)。聖ニコラウスはミーラ(小アジアのリキアにあり)の僧正なり、傳へ曰ふ、嘗て人あり貧困のためにその三人の女を賣らんとす、ニコラウスこれを聞きてひそかに財嚢をその家の窓より投げ入れかの女子等なして汚辱の生涯を免れしむと
三七―三九
【報酬】かの靈のために世の善人の祈りを請ふこと
四〇―四二
【慰】善人の祈り。そのこれを望まざるは子孫に善人なければなるべし
四三―四五
フランスのカペー王家(惡き木)の祖先(根)なるを告げしなり、このカペー家は一三〇〇年にフランス、ナポリ、イスパニアの諸國を治めき
四六―四八
されどフランドル人にして若し充分の力あらば速かに仇をわが子孫にむくいむ
ドアジォ、リルラ等はフランドルの主なる町の名なり、こゝにてはフランドル全體を代表す
一三〇二年クルトレイの戰ひにフランドル人大いにフランス軍を破りてこれを國外に逐ひ以てフランス王フィリップ四世の奪略に報いたり
四九―五一
【ウーゴ・チャペッタ】ユーグ・カペ―。フランスのユーグ公の子なり、九八七年ルイ五世の後を承けてフランス王となり九九六年に死す
【フィリッピとルイージ】フィリップ一世、二世、三世、四世。ルイ(ルイージ)六世、七世、八世、九世(以上一三〇〇年までにフランス王となれるもの)
五二―五四
【屠戸の子】或ひは、牛商の子。訛傳に基づく
註釋者のいふごとくダンテはユーグ・カペーとその父ユーグとを混じ、當時の俗説に從つてこれを牛商の子となせるに似たり
【昔の王達】カロリング王家の諸王。その最後の王はルイ五世(九八七年死)なり
【灰色の衣を着る者】僧となれる者。但し何人を指せるや明かならず、恐らくはダンテの記憶の誤りならむ
ルイ五世死して嗣子なく當時カロリング家に屬する者とてはたゞその叔父、ロレーヌ公のシヤルルありしのみ、されどこのシヤルルはユーグ・カペーにとらはれて獄に下され九九二年に死せり
五五―五七
五五行より六〇行に亙る二聯もユーグ父子の事蹟の相混じたる結果なるべし
【わが手に】攝政として
五八―六〇
【わが子】ユーグ・カペーの子はロべ―ル二世といひ九九六年より一〇三一年までフランス王たり、その戴冠式
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