〇六―一〇八
幹のなほ我等にいふことあらんを思ひて我等心をとめゐたるに、この時さわがしき物音起り、我等の驚かされしこと 一〇九―一一一
さながら野猪《しゝ》と獵犬と己が立處《たちど》にむかふをさとり、獸と枝との高き響きを聞くものの如くなりき 一一二―一一四
見よ、左に裸なる掻き裂かれたるふたりの者あり、あらゆる森のしげみをおしわけ、逃げわしることいとはやし 一一五―一一七
さきの者、いざ疾《と》く、死よ、疾くと叫ぶに、ほかのひとりは己がおそくして及ばざるをおもひ、ラーノ、トッポの試藝《しあひ》に 一一八―
汝の脛《はぎ》はかく輕くはあらざりしをとさけび、呼吸《いき》のせまれる故にやありけむ、その身をとある柴木と一團《ひとつ》になしぬ ―一二三
後《うしろ》の方《かた》には飽くことなく、走ること鏈《くさり》を離れし獵犬にひとしき黒き牝犬林に滿ち 一二四―一二六
かの潛める者に齒をくだしてこれを刻み、後そのいたましき身を持ち行けり 一二七―一二九
この時導者わが手をとりて我をかの柴木のほとりにつれゆけるに、血汐滴たる折際《をれめ》より空しく歎きていひけるは 一三〇―
あゝジャーコモ・ダ・サント・アンドレーアよ、我を防禦《ふせぎ》となして汝に何の益かありし、汝罪の世を送れりとて我身に何の咎あらんや ―一三五
師その傍《かたへ》にとゞまりていひけるは、かく多くの折際《をりめ》より血と共に憂ひの詞をはく汝は誰なりしや 一三六―一三八
彼我等に、あゝこゝに來りてわが小枝を我よりとりはなてる恥づべき虐《しひたげ》をみし魂等よ 一三九―一四一
それらを幸《さち》なき柴木のもとにあつめよ、我は最初《はじめ》の守護《まもり》の神をバーティスタに變へし邑《まち》の者なりき、かれこれがために 一四二―一四四
その術《わざ》をもて常にこの邑を憂へしむ、もしその名殘のいまなほアルノの渡りにとゞまるあらずば 一四五―一四七
アッティラが殘せる灰の上に再びこの邑《まち》を建てたる邑人《まちびと》の勞苦は空しかりしなるべし 一四八―一五〇
我はわが家《や》をわが絞臺《しめだい》としき 一五一―一五三
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   第十四曲

郷土の愛にはげまされ、落ちちらばりし小枝を集めて既に聲なきかの者にかへせり 一―三
さてこゝよりすゝみて第二と第三の圓のわかるゝところなる境にいたればこゝに恐るべき正義の業《わざ》みゆ 四―六
めなれぬものをさだかに知らしめんためさらにいはんに、我等は一草一木をも床《ゆか》に容れざる一の廣野につけり 七―九
憂ひの林これをめぐりて環飾《わかざり》となり、さながら悲しみの濠の林に於ける如くなりき、こゝに我等|縁《ふち》いと近き處に足をとゞめぬ 一〇―一二
地は乾ける深き砂にてその状《さま》そのかみカートンの足踏めるものと異なるなかりき 一三―一五
あゝ神の復讎よ、わがまのあたり見しことを讀むなべての人の汝を恐るゝこといかばかりなるべき 一六―一八
我は裸なる魂の多くの群《むれ》を見たり、彼等みないと幸《さち》なきさまにて泣きぬ、またその中に行はるゝ掟《おきて》一樣ならざるに似たりき 一九―二一
仰《あふの》きて地に臥せる民あり、全《また》く身を縮めて坐せるあり、またたえず歩めるありき 二二―二四
めぐりゆくものその數《かず》いと多し、また臥して苛責をうくるものはその數いと少なきもその舌歎きによりて却つて寛《ゆる》かりき 二五―二七
砂といふ砂の上には延びたる火片《ひのひら》しづかに降りて、風なき峻嶺《たかね》の雪の如し 二八―三〇
昔アレッサンドロ、インドの熱き處にて焔その士卒の上に落ち地にいたるも消えざるをみ 三一―三三
火はその孤なるにあたりて消し易かりしが故に部下に地を踏ましめしことありき 三四―三六
かくの如く苦患《なやみ》を増さんとて永遠《とこしへ》の熱おちくだり、砂の燃ゆることあたかも火打鎌の下なる火口《ほくち》にひとしく 三七―三九
忽ちかなたに忽ちこなたに新《あらた》なる焔をはらふ幸《さち》なき雙手《もろて》の亂舞《トレスカ》にはしばしの休みもあることなかりき 四〇―四二
我曰ふ、門の入口にて我等にたちむかへる頑《かたくな》なる鬼のほか物として勝たざるはなき汝わが師よ 四三―四五
火をも心にとめざるさまなるかの大いなる者は誰なりや、嘲りを帶び顏をゆがめて臥し、雨もこれを熟《う》ましめじと見ゆ 四六―四八
われ彼の事をわが導者に問へるをしりて彼叫びていひけるは、死せる我生ける我にかはらじ 四九―五一
たとひジョーヴェ終りの日にわが撃たれたる鋭き電光《いなづま》を怒れる彼にとらせし鍛工《かぢ》を疲らせ 五二―五四
またはフレーグラの戰ひの時の如くに、善きヴルカーノよ、助けよ、助けよとよばはりつゝモンジベルロなる黒き鍛工場《かぢば》に 五五―
殘りの鍛工等をかはる/″\疲らせ、死力を盡して我を射るとも、心ゆくべき復讎はとげがたし ―六〇
この時わが導者聲を勵まして(かく高らかに物言へるを我未だ聞きしことなかりき)いひけるは、カパーネオよ、汝の罰のいよ/\重きは汝の慢心の盡きざるにあり、汝の劇しき怒りのほかはいかなる苛責の苦しみも汝の怒りにふさはしき痛みにあらじ 六一―六六
かくいひて顏を和らげ、我にむかひていひけるは、こはテーベを圍める七王の一《ひとり》にて神を侮れる者なりき 六七―
いまも神を侮りて崇《あが》むることなしとみゆ、されどわが彼にいへる如く彼の嘲りはいとにつかしきその胸の飾なり ―七二
いざ我に從へ、またこの後愼みて足を熱砂に觸れしむることなく、たえず森に沿ひて歩むべし 七三―七五
我等また語らず、さゝやかなる一の小川の林の中より迸る處にいたれり、その赤きこといまもわが身を震へしむ 七六―七八
さながらブリカーメより細き流れ(罪ある女等ほどへてこれをわけもちふ)の出づる如く、この川砂を貫いて下り 七九―八一
その水底《みなそこ》、傾ける兩岸、縁《ふち》はみな石と成れり、此故に我こゝに行手の路あるを知りき 八二―八四
閾を人のこゆるに任《まか》す門より内に入りしこのかた、凡てわが汝に示せるものゝうちすべての焔をその上に消すこの流れの如くいちじるしきは汝の目未だ見ず 八五―八七
これわが導者の言なりき、我乃ち彼に請ひ、慾を我に惜しまざりし彼の、食をも惜しむなからんことを求めぬ 九一―九三
この時彼曰ふ、海の正中《たゞなか》に荒れたる國あり、クレータと名づく、こゝの王の治世の下《もと》、世はそのかみ清かりき 九四―九六
かしこにそのかみ水と木葉《このは》の幸《さち》ありし山あり、イーダと呼ばる、今は荒廢《あれすた》れていと舊《ふ》りたるものゝごとし 九七―九九
そのかみレーアこれをえらびてその子の恃《たのみ》の搖籃となし、その泣く時特に善くかくさんためかしこに叫びあらしめき 一〇〇―一〇二
この山の中には一人《ひとり》の老巨人の直立するあり、背をダーミアータにむけ、ローマを見ること己が鏡にむかふに似たり 一〇三―一〇五
その頭は純金より成り、腕と胸とは純銀なり、そこより跨《また》にいたるまでは銅 一〇六―一〇八
またその下はすべて精鐡なれどもたゞ右足のみは燒土にてしかも彼の直く立つ却つて多くこれによれり 一〇九―一一一
黄金《こがね》の外はいづこにも罅《さけめ》生じて涙したゝり、あつまりてかの窟《いはや》を穿ち 一一二―一一四
岩また岩を傳はりてこの溪に入り、アケロンテ、スティージェ、フレジェトンタとなり、その後この狹き溝によりて落ち 一一五―一一七
またくだるあたはざる處にいたりてそこにコチートと成る、この池の何なるやは汝見るべし、この故にこゝに語らず 一一八―一二〇
我彼に、若しこの細流かくわが世より出でなば何故にこの縁《へり》にのみあらはるゝや 一二一―一二三
彼我に、汝此處のまろきを知る、汝の來る遠しといへども常に左に向ひて底にくだるが故に 一二四―一二六
未だあまねく獄をめぐらず、されば新しきもの我等にあらはるとも何ぞあやしみを汝の顏に見するに足らむ 一二七―一二九
我また、師よ、フレジェトンタとレーテはいづこにありや、汝|默《もだ》してその一のことをいはず、また一は此雨より成るといへり 一三〇―一三二
彼答へて曰ひけるは、汝問ふところの事みなよくわが心に適ふ、されど、煮ゆる紅《くれなゐ》の水はよく汝の問の一に答へん 一三三―一三五
レーテは汝見るをうべし、されどこの濠《ほり》の外《そと》、罪悔によりて除かれし時魂等己を洗はんとて行く處にあり 一三六―一三八
又曰ひけるは、いまは森を離るべき時なり、汝我に從へ、燃えざる縁《ふち》路を造り 一三九―一四一
一切の炎その上に消ゆ 一四二―一四四
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   第十五曲

堅き縁《ふち》の一は今我等を負《お》ひゆけり、小川の烟はおほひかゝりて水と堤とを火より救へり 一―三
グイッツァンテとブルッジアの間なるフィアンドラ人《びと》こなたに寄せくる潮《うしほ》を恐れ海を走らしめんため水際《みぎは》をかため 四―六
またはブレンタの邊《ほとり》なるパードヴァ人キアレンターナの熱に觸れざる間にその邑《まち》その城を護らんためまたしかするごとく 七―九
この堤は築かれき、たゞ築けるもの(誰にてもあれ)之をかく高くかく厚くなさゞりしのみ 一〇―一二
我等既に林を離るゝこと遠くわれ後《うしろ》を顧みれどもそのいづこにあるやを見るをえざりしころ 一三―一五
我等は堤に沿ひて來れる一群《ひとむれ》の魂にいであへり、さながら夕間暮れ新月《にひづき》のもとに人の人を見る如く 一六―
彼等みな我等を見、また老いたる縫物師《ぬひものし》の針眼《はりのめ》にむかふごとく目を鋭くして我等にむかへり ―二一
かゝる族《やから》にかくうちまもられ我はそのひとりにさとられき、彼わが裾をとらへ叫びて何等の不思議ぞといふ 二二―二四
彼その腕《かひな》を我にむかひてのべし時、われ目を燒けし姿にとむるに、顏のたゞれもなほわが智《さとり》を妨げて 二五―
彼を忘れしむるにはたらざりき、われわが顏を彼の顏のあたりに低れて、セル・ブルネットよ、こゝにゐ給ふやと答ふ ―三〇
彼、わが子よ、ねがはくはブルネット・ラティーニしばらく汝と共にあとにかへりてこの群《むれ》をさきに行かしめん 三一―三三
我彼にいふ、これわが最も希ふところなり、汝またわが汝と共に坐《すわ》らん事を願ひその事彼の心に適はゞしかすべし、我彼と共に行けばなり 三四―三六
彼曰ふ、あゝ子よ、この群の中|縱《たと》ひ束の間なりとも止まる者あればその者そののち身を横たゆる百年《もゝとせ》に及び火これを撃つとも扇ぐによしなし 三七―三九
されば行け、我は汝の衣につきてゆき、永劫の罰を歎きつゝゆくわが伴侶《なかま》にほどへて再び加はるべし 四〇―四二
我は路をくだり彼とならびてゆくを得ず、たゞうや/\しく歩む人の如くたえずわが頭《かうべ》を低れぬ 四三―四五
彼曰ふ、終焉《をはり》の日未だ至らざるに汝をこゝに導くは何の運何の定《ぢやう》ぞや、また道を教ふるこの者は誰ぞや 四六―四八
我答へて彼に曰ふ、明《あか》き上の世に、わが齡未だ滿たざるに、我一の溪の中に迷へり 四九―五一
わが背《そびら》を之にむけしはたゞ昨日《きのふ》の朝の事なり、この者かしこに戻らんとする我にあらはれ、かくてこの路により我を導いて我家《わがや》に歸らしむ 五二―五四
彼我に、美しき世にてわが量れること違はずば汝おのが星に從はんに榮光の湊を失ふあたはず 五五―五七
またわが死かく早からざりせば天かく汝に福《さいはひ》するをみて我は汝の爲すところをはげませしなるべし 五八―六〇
されど古《いにしへ》、フィエソレを下りいまなほ山と岩とを含める恩を忘れしさがなき人々 六一―六三
汝の善き行ひの爲に却つて汝の仇とならむ、是亦宜なり、そは酸きソルボに混《まじ》りて甘き無花果の實を結ぶは適《ふさ》はしき事に非ざればなり 六四―六六
彼等は世の古き名によりて盲《めし
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