zベルトランド・デル・ボルン。フランスのペリゴー(當時英領)の貴族にてオートフォルの城主(地、二九・二九)なり、十二世紀の半の人、英王ヘンリー二世(一一三三―一一八九年)の長子ヘンリー(一一五五―一一八三年)に説きてその父に叛かしむ、子死して後父の補ふるところとなりしも赦されて僧となりその身を終ふ
【若き王】ヘンリー二世の長子ヘンリー。父の在世中兩度まで戴冠式を行へるためフランスにてもイタリアにても若き王として知られたりきといふ
異本、王ジョヴァンニ(ジョン)とありて謄寫本多く之によれりといふ、この異本と本文との比較につき委しく知らんと欲する人は異本を可とするスカルタッツィニ不可とするムーア(『用語批判』三四四―五一頁)の説を參照せらるべし、王ジョンはヘンリー二世の末子にて一一九九年より一二一六年までイギリス王たり
一三六―一四一
【アーキトフェル】イスラエル王ダヴィーデの議官、王子アブサロムの反逆を助けこれに授くるに父を殺すの謀を以てす(サムエル後、一五・一二以下、一六・一五以下、一七・一以下)
【根元】脊髓
第二十九曲
ダンテ、ウェルギリウスと第九嚢を去り第十嚢の橋を
前へ
次へ
全374ページ中338ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ダンテ アリギエリ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング