に信念の跡をとゞめず、たゞ歎きて憂ひの家を我に拒めるは誰ぞといふ 一一八―一二〇
また我にいひけるは、わが怒るによりて汝恐るゝなかれ、いかなる者共内にゐて防ぎ止めんとつとむとも、我はこの爭ひにかつべし 一二一―一二三
彼等の非禮を行ふは新しきことにあらず、かく祕めらるゝことなく今も※[#「戸+炯のつくり」、第3水準1−84−68]《とざし》なき門のほとりにそのかみ彼等またこれを行へり 一二四―一二六
汝がかの死の銘をみしは即ちこの門の上なりき、いまそのこなたに導者なく圈また圈を過ぎて坂を降るひとりのものあり 一二七―一二九
かれよくこの邑を我等のためにひらくべし 一三〇―一三二
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   第九曲

導者の歸り來るを見てわが面《おもて》を染めし怯心の色は彼の常ならぬ色をかへつてはやくうちに抑へき 一―三
彼は耳を欹つる人の如く心してとゞまれり、これその目、黒き空、濃き霧をわけて遠くかれを導くをえざりしによりてなり 四―六
彼曰ふ、さばれ我等必ずこの戰ひに勝つべし、されどもし……彼なりき進みて助けを約せるは、あゝかの一者《ひとり》の來るを待つ間《ま》はいかに長いかな 七―九
我は彼が先《さき》と異なれることを後《あと》にいひ、これをもてその始めを蔽へるさまをさだかに知れり 一〇―一二
彼かくなせるもそのいふ事なほ我を怖《おぢ》しめき、こはわが彼の續かざる言《ことば》に彼の思ひゐたるよりなほ惡き意義を含ませし故にやありけん 一三―一五
罰はたゞ望みを絶たれしのみなる第一の獄《ひとや》より悲しみの坎《あな》かく深くくだるものあることありや 一六―一八
われこの問を起せるに彼答へて曰ひけるは、我等の中にはかゝる旅路につくものあることまれなり 一九―二一
されどまことは我一たびこゝに降れることあり、こは魂等を呼びてその體《からだ》にかへらしめし酷《むご》きエリトンの妖術によれり 二二―二四
わが肉我を離れて後|少時《しばし》、ジュダの獄より一の靈をとりいださんため彼我をこの圍《かこひ》の中に入らしめき 二五―二七
この獄はいと低くいと暗く萬物を廻らす天を距ることいと遠し、我善く路をしる、この故に心を安んぜよ 二八―三〇
はげしき惡臭《をしう》を放つこれなる沼は、我等がいま怒りをみずして入るをえざる憂ひの都をかこみめぐる 三一―三三
このほかなほいへることありしも我おぼえず、これわが目はわが全心を頂もゆる高き城樓《やぐら》にひきよせたればなり 三四―三六
忽ちこゝに血に染みていと凄き三のフーリエ時齊しくあらはれいでぬ、身も動作《ふるまひ》も女性《によしやう》のごとく 三七―三九
いと濃き緑の水蛇《イドラ》を帶とす、小蛇チェラスタ髮に代りてその猛き後額《こめかみ》を卷けり 四〇―四二
この時かれ善くかぎりなき歎きの女王の侍婢《はしため》等を認めて我にいひけるは、兇猛なるエーリネを見よ 四三―四五
左なるはメジェラ右に歎くはアレットなり、テシフォネ中にあり、斯く言ひて默せり 四六―四八
彼等各※[#二の字点、1−2−22]と爪をもておのが胸を裂き掌《たなごゝろ》をもておのが身を打てり、その叫びいと高ければ我は恐れて詩人によりそひき 四九―五一
俯《うつむ》き窺《うかゞ》ひつゝみないひけるは、メヅーサを來らせよ、かくして彼を石となさん、我等テゼオに襲はれて怨みを報いざりし幸《さち》なさよ 五二―五四
身をめぐらし後《うしろ》にむかひて目を閉ぢよ、若しゴルゴンあらはれ、汝これを見ば、再び上に歸らんすべなし 五五―五七
師はかくいひて自らわが身を背かしめ、またわが手を危ぶみ、おのが手をもてわが目を蔽へり 五八―六〇
あゝまことの聰明《さとり》あるものよ、奇《くす》しき詩のかげにかくるゝをしへを見よ 六一―六三
この時既にすさまじく犇《ひし》めく物音濁れる波を傳ひ來りて兩岸これがために震へり 六四―六六
こはあたかも反する熱によりて荒れ、林を打ちて支ふるものなく、枝を折り裂き 六七―
うち落し吹きおくり、塵を滿たしてまたほこりかに吹き進み、獸と牧者を走らしむる風の響きのごとくなりき ―七二
かれ手を放ちていひけるは、いざ目をかの年へし水沫《みなわ》にそゝげ、かなた烟のいと深きあたりに 七三―七五
たとへば敵なる蛇におどろき、群居《むれゐ》る蛙みな水に沈みて消え、地に蹲まるにいたるごとく 七六―七八
我は一者《ひとり》の前を走れる千餘の滅亡《ほろび》の魂をみき、この者|徒歩《かち》にてスティージェを渡るにその蹠《あしうら》濡るゝことなし 七九―八一
かれはしば/\左手《ゆんで》をのべて顏のあたりの霧をはらへり、その疲れし如くなりしはたゞこの累《わづらひ》ありしためのみ 八二―八四
我は彼が天より遣はされし者なるをさだかに知りて師にむかへるに
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