九―五一
かれ我に、汝空しき思ひを懷けり、彼等を汚せる辨別《わきまへ》なき生命《いのち》はいまかれらを昧《くらま》し、何者もかれらをわきまへがたし 五二―五四
かれら限りなくこの二の牴觸をみん、此等は手を閉ぢ、これらは髮を短くして墓よりふたゝび起きいづべし 五五―五七
あしく費しあしく貯へしことは美しき世をかれらより奪ひ、かれらにこの爭ひあらしむ、われこゝに言《ことば》を飾りてそのさまをいはじ 五八―六〇
子よ、汝いま知りぬらん、命運に委ねられ、人みなの亂《みだれ》の本なる世の富貴のただ苟且《かりそめ》の戲《たはぶれ》を 六一―六三
そは月の下に今ありまた昔ありし黄金《こがね》こと/″\く集まるともこれらよわれる魂の一にだに休みをえさすることはよくせじ 六四―六六
我彼に曰ふ、師よ、さらにいま我に告げよ、汝謂ふ所の命運とはこれいかなるものにて斯く世の富貴をその手の裡にをさむるや 六七―六九
彼我に、あゝ愚《おろか》なる人々よ、汝等を躓かすは何等の無智ぞや、いざ汝この事についてわがいふところのことを含め 七〇―七二
夫れその智萬物に超ゆるもの諸天を造りてこれに司るものを與へたまへり、かくて各部は各部にかゞやき 七三―七五
みな分に應じてその光を頒つ、これと同じく世にありてもまたその光輝をすべをさめ且つ導く者を立てたまへり 七六―七八
このもの時至れば空しき富貴を民より民に血より血に移し人智もこれを防ぐによしなし 七九―八一
此故にその定《さだめ》にしたがひて一の民榮え一の民衰ふ、またその定の人にかくるゝこと草の中なる蛇の如し 八二―八四
汝等の智何ぞこれに逆《さから》ふことをえん、彼先を見て定めおのが權を行ふことなほ神々のしかするに似たり 八五―八七
その推移には休歇《やすみ》なし、已むなきの力かれをはやむ、その流轉《るてん》にあふもの屡※[#二の字点、1−2−22]と出づるも宜なるかな 八八―九〇
彼を讚むべきもの却つて彼を十字架につけ、故なきに難《なん》じ、汚名を負はしむ 九一―九三
されどかれ祝福《めぐみ》をうけてこれを聞かず、はじめて造られしものと共にこゝろよくその輪を轉らし、まためぐまるゝによりて喜び多し 九四―九六
いざ今より我等は尚大いなる憂ひにくだらん、わが進みしとき登れる星はみな既にかたむきはじむ、我等ながくとゞまる能はず 九七―九九
我等この獄《ひとや》を過ぎてかなたの岸にいたれるに、こゝに一の泉ありて湧きこゝより起れる一の溝《みぞ》にそゝげり 一〇〇―一〇二
水の黒《くろ》きことはるかにペルソにまさりき、我等|黯《くろず》める波にともなひ慣れざる路をつたひてくだりぬ 一〇三―一〇五
この悲しき小川はうす黒き魔性の坂の裾にくだりてスティージェとよばるゝ一の沼となれり 一〇六―一〇八
こゝにわれ心をとめて見んとて立ち、この沼の中に、泥にまみれみなはだかにて怒りをあらはせる民を見き 一〇九―一一一
かれらは手のみならず、頭、胸、足をもて撃ちあひ、齒にて互に噛みきざめり 一一二―一一四
善き師曰ふ、子よ、今汝は怒りに負《ま》けしものゝ魂を見るなり、汝またかたく信すべし 一一五―一一七
この水の下に民あることを、かれらその歎息《ためいき》をもて水の面に泡立たしむ、こはいづこにむかふとも汝の目汝に告ぐる如し 一一八―一二〇
泥《ひぢ》の中にて彼等はいふ、日を喜ぶ麗しき空氣のなかにも無精《ぶせい》の水氣を衷にやどして我等鬱せり 一二一―一二三
今我黒き泥水《どろみづ》のなかに鬱すと、かれらこの聖歌によりて喉に嗽《うがひ》す、これ全き言《ことば》にてものいふ能はざればなり 一二四―一二六
かくして我等は乾ける土と濡れたる沼の間をあゆみ、目を泥を飮む者にむかはしめ、汚《きたな》き瀦《みづたまり》の大なる孤をめぐりて 一二七―一二九
つひに一の城樓《やぐら》の下《もと》にいたれり 一三〇―
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   第八曲

續いて語るらく、高き城樓《やぐら》の下《もと》を距るなほいと遠き時、我等は目をその頂に注げり 一―三
これ二《ふたつ》の小さき焔のこゝにおかるゝをみしによりてなり、又|他《ほか》に一《ひとつ》之と相圖を合せしありしも距離《あはひ》大なれば我等よく認むるをえざりき 四―六
こゝにわれ全智の海にむかひ、いひけるは、この火何といひ、かの火何と答ふるや、またこれをつくれるものは誰なりや 七―九
彼我に、既に汝は來らんとすることを汚《けが》れし波の上に辨《わか》ちうべし、若し沼の水氣これを汝に隱さずば 一〇―一二
矢の絃《つる》に彈《はじ》かれ空を貫いて飛ぶことはやきもわがこの時見し一の小舟には如かじ 一三―一五
舟は水を渡りて、我等のかたにすゝめり、これを操《あやつ》れるひとりの舟子《ふなこ》よばゝりて、惡しき魂よ
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