と》と思へるもの他にあらば、眞《まこと》ならずとしてこれを棄て、彼が事をいへる汝の言《ことば》を眞《まこと》の原因《もと》とおもふべし。 一二七―一二九
わが師の足を抱かんとて彼既に身をかゞめゐたりき、されど師彼に曰ふ。兄弟よ、しかするなかれ、汝も魂汝の見る者も魂なれば。 一三〇―一三二
彼|立上《たちあが》りつゝ。今汝は汝のために燃ゆるわが愛の大いなるをさとるをえむ、そは我等の身の空しきを忘れて 一三三―一三五
我はあたかも固體のごとく魂をあしらひたればなり 一三六―一三八
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第二十二曲
我等すでに天使をあとにす(こは我等を第六の圓にむかはせ、わが顏より一の疵をとりのぞける天使なり 一―三
彼は我等に義を慕ふ者の福なる[#「福なる」に白丸傍点]ことを告げたり、而してその詞はたゞシチウントをもてこれを結びき) 四―六
また我は他《ほか》の徑《こみち》を通れる時より身輕ければ、疲勞《つかれ》を覺ゆることなくしてかの足早き二の靈に從ひつゝ歩みゐたるに 七―九
このときヴィルジリオ曰ふ。徳の燃やせし愛はその焔一たび外にあらはるればまた他の愛を燃やすを常とす 一〇―一二
是故にジヨヴェナーレが地獄のリムボの中なる我等の間にくだりて汝の情愛を我に明《あか》せし時よりこの方 一三―一五
汝に對してわれ大いなる好意《よしみ》を持てり、實《げに》これより固くはまだ見ぬ者と結べる人なし、かかれば今は此等の段《きだ》も我に短しと見ゆるなるべし 一六―一八
されど告げよ――若し心安きあまりにわが手綱|弛《ゆる》みなば請ふ友として我を赦し、今より友いとして我とかたれ 一九―二一
貪婪《むさぼり》はいかで汝の胸の中、汝の勵みによりて汝に滿ちみちしごとき大なる智慧の間に宿るをえしや。 二二―二四
これらの詞をききてスターツィオまづ少しく笑を含み、かくて答へて曰ひけるは。汝の言葉はみな我にとりて愛のなつかしき表象《しるし》なり 二五―二七
それまことの理《ことわり》かくるゝがゆゑに我等に誤りて疑ひを起さしむる物げにしば/\現はるゝことあり 二八―三〇
汝が我をば世に慾深かりし者なりきと信ずることは汝の問ひよく我に證《あかし》す、これ思ふにわがかの圈にゐたるによらむ 三一―三三
知るべし、我は却つてあまりに貪婪《むさぼり》に遠ざかれるため、幾千の月この放縱を罰せるなり 三四―三六
我若し汝が恰も人の性を憤るごとくさけびて、あゝ黄金《わうごん》の不淨の饑ゑよ汝人慾を導いていづこにか到らざらんと 三七―
いへる處に心をとめ、わが思ひを正さざりせば、今は轉《まろ》ばしつゝ憂《う》き牴觸を感ずるものを ―四二
かの時我は費《つひや》すにあたりて手のあまりにひろく翼を伸ぶるをうるを知り、これを悔ゆること他《ほか》の罪の如くなりき 四三―四五
それ無智のために生くる間も死に臨みてもこの罪を悔ゆるあたはず、後《のち》髮を削りて起き出づるにいたる者その數いくばくぞ 四六―四八
汝また知るべし、一の罪とともに、まさしくこれと相反する咎、その縁《みどり》をこゝに涸《か》らすを 四九―五一
是故にわれ罪を淨めんとてかの貪婪《むさぼり》のために歎く民の間にありきとも、これと反する愆《とが》のゆゑにこそこの事我に臨めるなれ。 五二―五四
牧歌の歌人いひけるは。汝ヨカスタの二重《ふたへ》の憂ひの酷《むご》き爭ひを歌へるころは 五五―五七
クリオがこの詩に汝と關渉《かゝりあ》ふさまをみるに、善行《よきおこなひ》にかくべからざる信仰未だ汝を信ある者となさざりしに似たり 五八―六〇
若し夫れ然らばいかなる日またはいかなる燭《ともしび》ぞや、汝がその後かの漁者に從ひて帆を揚ぐるにいたれるばかりに汝の闇を破りしは。 六一―六三
彼曰ふ。汝まづ我をパルナーゾの方《かた》にみちびきてその窟《いはや》に水を掬《むす》ぶをえしめ、後また我を照して神のみもとに向はしめたり 六四―六六
汝の爲すところはあたかも夜|燈火《ともしび》を己が後《うしろ》に携へてゆき、自ら益を得ざれどもあとなる人々をさとくする者に似たりき 六七―六九
そは汝のいへる詞に、世改まり義と人の古歸り新しき族《やから》天より降るとあればなり 七〇―七二
我は汝によりて詩人となり汝によりて基督教徒《クリスティアーノ》となれり、されどわが概略《おほよそ》に畫《ゑが》ける物を尚良く汝に現はさんため我今手を伸《の》べて彩色《いろど》らん 七三―七五
眞《まこと》の信仰は永久《とこしへ》の國の使者等《つかひたち》に播かれてすでにあまねく世に滿ちたりしに 七六―七八
わが今引ける汝の言《ことば》、新しき道を傳ふる者とその調《しらべ》を同じうせしかば、彼等を訪《おとづ》るることわが習ひとなり 七九―八一
かのドミチアーンが彼等を責めなやまししとき、わが涙彼等の歎《なげき》にともなふばかりに我は彼等を聖なる者と思ふにいたれり 八二―八四
われは世に在る間彼等をたすけぬ、彼等の正しき習俗《ならはし》は我をして他《ほか》の教へをあなどらしめぬ 八五―八七
かくてわが詩にギリシア人《びと》を導きてテーべの流れに到らざるさきにわれ洗禮《バッテスモ》をうけしかど、公《おほやけ》の基督教徒《クリスティアーン》となるをおそれて 八八―九〇
久しく異教の下《もと》にかくれぬ、この微温《ぬるみ》なりき我に四百年餘の間第四の圈をめぐらしめしは 九一―九三
されば汝、かゝる幸《さいはひ》をかくしし葢をわがためにひらける者よ、若し知らば、我等が倶に登るをうべき道ある間に、我等の年へし 九四―
テレンツィオ、チェチリオ、プラウト及びヴァリオの何處《いづこ》にあるやを我に告げよ、告げよ彼等罪せらるゝや、そは何の地方に於てぞや。 ―九九
わが導者答ふらく。彼等もペルシオも我もその他の多くの者も、かのムーゼより最も多く乳を吸ひしギリシア人《びと》とともに 一〇〇―一〇二
無明《むみやう》の獄《ひとや》の第一の輪の中にあり、我等は我等の乳母《めのと》等の常にとゞまる山のことをしばしばかたる 一〇三―一〇五
エウリピデ、アンティフォンテ、シモニーデ、アガートネそのほかそのかみ桂樹《ラウロ》をもて額を飾れる多くのギリシア人かしこに我等と倶にあり 一〇六―一〇八
汝が歌へる人々の中《うち》にては、アンティゴネ、デイフィレ、アルジア及び昔の如く悲しむイスメーネあり 一〇九―一一一
ランジアを示せる女あり、ティレジアの女《むすめ》とテーティ、デイダーミアとその姉妹等あり。 一一二―一一四
登りをはりて壁を離れしふたりの詩人は、ふたゝびあたりを見ることに心ひかれて今ともに默《もだ》し 一一五―一一七
晝の四人《よたり》の侍婢《はしため》ははやあとに殘されて、第五の侍婢|轅《ながえ》のもとにその燃ゆる尖《さき》をばたえず上げゐたり 一一八―一二〇
このときわが導者。思ふに我等は右の肩を縁《ふち》にむけ、山を※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]《めぐ》ること常の如くにせざるをえざらむ。 一二一―一二三
習慣《ならはし》はかしこにてかく我等の導《しるべ》となれり、しかしてかの貴き魂の肯《うけが》へるため我等いよいよ疑はずして路に就けり 一二四―一二六
彼等はさきに我ひとり後《あと》よりゆけり、我は彼等のかたる言葉に耳を傾け、詩作についての教へをきくをえたりしかど 一二七―一二九
このうるはしき物語たゞちにやみぬ、そは我等路の中央《たゞなか》に、香《にほひ》やはらかくして良き果《み》ある一本《ひともと》の木を見たればなり 一三〇―一三二
あたかも樅《もみ》の、枝また枝と高きに從つて細きが如く、かの木は思ふに人の登らざるためなるべし、低きに從つて細かりき 一三三―一三五
われらの路の塞がれる方《かた》にては、清き水高き岩より落ちて葉の上にのみちらばれり 一三六―一三八
ふたりの詩人樹にちかづけるに、一の聲葉の中よりさけびていふ。汝等はこの食物《くひもの》に事缺かむ。 一三九―一四一
又曰ふ。マリアは己が口(今汝等のために物言ふ)の事よりも、婚筵のたふとくして全からむことをおもへり 一四二―一四四
昔のローマの女等はその飮料《のみもの》に水を用ゐ、またダニエルロは食物《くひもの》をいやしみて知識をえたり 一四五―一四七
古《いにしへ》の代《よ》は黄金《こがね》の如く美しかりき、饑ゑて橡《つるばみ》を味《あぢ》よくし、渇きて小川を聖酒《ネッタレ》となす 一四八―一五〇
蜜と蝗蟲《いなご》とはかの洗禮者《バテイスタ》を曠野《あらの》にやしなへる糧《かて》なりき、是故に彼榮え、その大いなること 一五一―一五三
聖史の中にあらはるゝごとし。 一五四―一五六
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第二十三曲
我はあたかも小鳥を逐ひて空しく日を送る者の爲すごとくかの青葉に目をとめゐたれば 一―三
父にまさる者いひけるは。子よ、いざ來れ、我等は定まれる時をわかちて善く用ゐざるをえざればなり。 四―六
われ目と歩《あゆみ》を齊《ひと》しく移して聖達《ひじりたち》に從ひ、その語ることを聞きつゝ行けども疲れをおぼえざりしに 七―九
見よ、歎《なげき》と歌ときこえぬ、主よわが唇を[#「主よわが唇を」に白丸傍点]と唱ふるさま喜びとともに憂ひを生めり 一〇―一二
あゝやさしき父よ、我にきこゆるものは何ぞや。我斯くいへるに彼。こは魂なり、おそらくは行きつゝその負債《おひめ》の纈《むすび》を解くならむ。 一三―一五
たとへば物思ふ異郷の族人《たびびと》、路にて知らざる人々に追及《おひし》き、ふりむきてこれをみれども、その足をとゞめざるごとく 一六―一八
信心深き魂の一|群《むれ》、もだしつゝ、我等よりもはやく歩みて後方《うしろ》より來り、過ぎ行かんとして我等を目安《まも》れり 一九―二一
彼等はいづれも眼《まなこ》窪みて光なく、顏あをざめ、その皮《かは》骨の形をあらはすほどに痩せゐたり 二二―二四
思ふに饑《う》ゑを恐るゝこといと大いなりしときのエリシトネといふともそのためにかく枯れて皮ばかりとはならざりしならむ 二五―二七
我わが心の中にいふ。マリアその子を啄《ついば》みしときイエルサレムを失へる民を見よ。 二八―三〇
眼窩《めあな》は珠《たま》なき指輪に似たりき、OMO《オモ》を人の顏に讀む者M《エムメ》をさだかに認めしなるべし 三一―三三
若しその由來を知らずば誰か信ぜん、果實《このみ》と水の香《かをり》、劇しき慾を生みて、かく力をあらはさんとは 三四―三六
彼等の痩すると膚《はだ》いたはしく荒るゝ原因《もと》未だ明《あきら》かならざりしため、その何故にかく饑ゑしやを我今|異《あや》しみゐたりしに 三七―三九
見よ、一の魂、頭《かうべ》の深處《ふかみ》より目を我にむけてつら/\視、かくて高くさけびて、こはわがためにいかなる恩惠《めぐみ》ぞやといふ 四〇―四二
我何ぞ顏を見て彼の誰なるを知るをえむ、されどその姿の毀てるものその聲にあらはれき 四三―四五
この火花はかの變れる貌《かたち》にかゝはるわが凡ての記憶を燃やし、我はフォレーゼの顏をみとめぬ 四六―四八
彼請ひていふ。あゝ、乾ける痂《かさぶた》わが膚《はだ》の色を奪ひ、またわが肉乏しとも、汝これに心をとめず 四九―五一
故に汝の身の上と汝を導くかしこの二の魂の誰なるやを告げよ、我に物言ふを否むなかれ。 五二―五四
我答へて彼に曰ふ。死《しに》てさきに我に涙を流さしめし汝の顏は、かく變りて見ゆるため、かの時に劣らぬ憂ひを今我に與へて泣かしむ 五五―五七
然《され》ば告げよ、われ神を指《さ》して請ふ、汝等をかく枯《か》らす物は何ぞや、わが異《あやし》む間我に言《い》はしむる勿れ、心に他《ほか》の思ひ滿つればその人いふ事|宜《よろ》しきをえず。 五八―六〇
彼我に。永遠《とこしへ》の思量《はからひ》によりて我等の後方《うしろ》なるかの水の中樹の中に力くだる、わがかく痩するもこれがためなり 六一―六三
己が食慾に耽れるため泣きつゝ歌ふこの民はみな饑ゑ渇
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