が、誰かこのベンチに腰をかけた人が棄てて行ったものらしい。そのまん中の処に掲《だ》してある特種らしい三段抜きの大きな記事が、私の眼に電気のように飛び付いて来た。

[#ここから3字下げ]
空家の怪死体[#本文より2段階大きな活字]
     ××踏切附近の廃屋の中で
     死後約一個月を経た半骸骨
  会社員らしい若い背広男[#本文より1段階大きな活字]
[#ここで字下げ終わり]

 私はこの新聞記事を掴むと、夢中で公園を飛び出した。そうしてどこをどうして来たものか、××踏切り附近の思い出深い廃家の前に来て、茫然と突っ立っていた。
 私はやがて、片手に掴んだままの新聞紙に気が付くと、慌てて前後を見まわした。そうして誰も通っていないのを見澄ますと、思い切って表の扉《と》を開いて中に這入《はい》った。
 空家の中は殆んど真暗であった。その中を探り探り娘の死体を吊るしておいた奥の八畳の間《ま》へ来て、マッチを擦って見ると……。
「……………」
 ……それは紛《まご》う方ない私の死体であった。
 バンドを梁《はり》に引っかけて、バットを啣えて、右手にマッチを、左手に新聞紙を掴んで……。
 私は驚きの余り気が遠くなって来た。マッチの燃えさしを取り落しながら……これは警察当局のトリックじゃないか……といったような疑いをチラリと頭の片隅に浮かめかけたようであったが、その瞬間に、思いもかけない私の背後《うしろ》のクラ暗《やみ》の中から、若い女の笑い声が聞えて来た。
 それは私が絞め殺した彼女の声に相違なかった。
「オホホホホホホ……あたしの思いが、おわかりになって……」



底本:「夢野久作全集3」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年8月24日第1刷発行
※底本には、一般の活字に比べて、小さい活字、大きな活字、さらに大きな活 字を用いていました。それぞれ、本文より小さい活字、本文より1段階大きな 活字、本文より2段階大きな活字、として注記を行いました。
入力:柴田卓治
校正:しず
2000年5月19日公開
2003年10月24日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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