。
私は信心に凝っているうちに、今まで見た事も聞いた事もない怪奇な世界を数限りなく発見しました。それは自分の心の中《うち》の邪悪と、倒錯観念の交響世界で実に不可思議な苦痛深刻を極めたものでした。謡曲|阿漕《あこぎ》の一節に、
「丑満《うしみつ》過ぐる夜の夢。見よや因果のめぐり来る。火車に業《ごう》を積む数《かず》。苦《く》るしめて眼の前の。地獄もまことなり。げに恐ろしの姿や」
とあるのはそうした気持ちの一例とでも申しましょうか。
そうして、これは芸術にならないかしらと時々思いましたが、一方にそれは芸術の邪道であるというような、宗教カブレらしい気咎《きとが》めもしましたのでそのままに圧殺しておりました。
ところがこの頃になって探偵小説が流行して、飜訳や創作に、そんな性質や意味の芸術作品がドシドシ発表されるのを見ると愈々《いよいよ》たまらなくなりました。
そこへ博文館の懸賞募集が出ましたので早速投稿した訳ですが、それが二度目にヤットコサと二等に当りましたのが病み付きで、時々|覚束《おぼつか》ないものを書かせて頂く事になりました。
考えてみるとこれが直接の動機に違いありません。
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