第に高まって、歯をむき出した野獣か何ぞのように物狂おしく力強くきこえて来ました。時折りはキリキリと歯切《はぎし》りをするような音さえ殻の中で起るのでした。
 三太郎君はそのたんびにゾッとさせられました。夜通し眠られぬ事さえありました。これはタマラヌ……と心配しながら……。

 すると或る夜の事、三太郎君がウンウン唸る卵を懐《ふところ》に入れたまま、ウツラウツラと睡っているうちに、不意にどこからともなくシャ嗄《が》れた声が聞こえて来ました。
「オトウサンオトウサンオトウサンオトウサンオトウサン」
 それは死に物狂いに藻掻《もが》いている小さな人間の声のようでした。三太郎君はハッと眼を醒ましました。
 卵は三太郎君のミゾオチの処で、大病人のように熱くなっていました。その中から放散する小便のような、腐った魚のようなあたたかい臭気《におい》が夜具の中一パイに籠《こ》もっています。
 三太郎君は慌てて卵を抱え直すと、そのまま起き上って、大急ぎで雨戸をあけました。……もとの処に返しておこう……というような気もちで足探りしいしい庭下駄《にわげた》を突っかけましたが、あまりあわてておりましたせいか、思わず前にノメリそうになった拍子に、真暗なお庭の沓脱石《くつぬぎいし》のあたりへ卵をコロリと取り落しました。……と同時にバッチャリと潰れた音がしたと思うと間もなく、生あたたかい、酸っぱいような小便のにおいがムラムラと顔に迫って来ましたので、三太郎君は、ヨロヨロとあとしざりしながら顔をそむけました。
 空には一面に星が散らばっていました。
 三太郎君は、あとをも見ずにピッシャリと窓を閉めました。全身の汗がヒヤヒヤと冷え乾いて行くのを感じつつ、寝床にもぐって、ワナワナとふるえておりましたが、そのうちにウトウトしたと思うと、又、ハッと眼を醒ましました。あとを掃除しておかなければならぬと思って……。

 恐る恐る雨戸を開いて見ますと、いつの間にか夜が明けて、外はアカアカとした小春日和《こはるびより》でした。裏庭の隅にはまだ、コスモスの白い花が、黒い枝の間にチラリホラリと咲き残っています。
 沓脱石の処には何のあとかたもありませんでした。おおかた昨夜のうちに近所の犬か猫かが来て嘗《な》めてしまったのだろうと思われる位キレイになっておりました。
 三太郎君はホッとしました。そうして何喰わぬ顔で朝食前
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