けは事実であった。ダシヌケに大きな声で……ウオイ……という風に……。だから彼はビックリして跳《は》ね起きながら振り返ってみると誰も居ない。雑木林がカーッと西日に輝いて、鳥の声一つ聞こえないのであった。
 それは実に不思議な、神秘的な心理現象であった。最初のうち彼は、そんな声を聞くたんびに髪の毛がザワザワとしたものであったが、しかし、それは一時的の神経作用といったようなものではなかったらしく、その後も同じような……又は似たような体験を幾度となく繰返したので、彼はスッカリ慣れっこになってしまったのであった。
 彼が、やはり数学の問題を考え考えしながら、山の中の細道をどこまでもどこまでも歩いて行くと、いつからともなく向うの方から五六人か七八人位の人数《にんず》でガヤガヤと話しながら、こっちの方へ来る声が聞こえ初める。むろんその道が一本道になっていることを彼は知っているし、遣《や》って来る連中は大人に違いないのだから、その連中に行遭《ゆきあ》ったら、道傍《みちばた》の羊歯《しだ》の中へでも避けてやる気で、やはり数学の問題を考え考え一本道を近付いて行くと、不思議なことにどこまで行ってもその話声の主人公の大人たちに行き遭わない。何だか可笑《おか》しい。変だな……と思ううちに、その細い一本道はおしまいになって、広い広い田圃《たんぼ》を見晴らした国道の途中か何かにヒョッコリ出てしまうのであった。ちょうど向うから来ていた大勢の人間が、途中で虚空《こくう》に消え失《う》せたような気持であった。
 それは決して気のせいでもなければ神経作用とも思えなかった。たしかに、そんな声が聞こえるのであった。ちょうど一心に考え詰めているこちらの暗い気持と正反対の、明るいハッキリした声が聞こえて来るので、気にかけるともなく気にかけていると、そのうちに何かしらハッと気が付くと同時に、その声もフッツリと消え失せるような場合が非常に多いのであった。
 しかし元来が風変りな子供であった彼は、そんな不可思議現象を、ソックリそのまま不可思議現象として受入れて、山に行くのを気味悪がったり、又は両親や他人に話して聞かせるような事は一度もしなかった。そのうちに大きくなったら解《わ》かる事と思って、自分一人の秘密にしたまま、忘れるともなく次から次に忘れていた。そうして彼は、それから後、中学から高等学校を経て、大学から大学院まで行ったのであるが、そのうちに彼の両親は死んでしまった。それから妻のキセ子を貰《もら》ったり、太郎という長男が生まれたり、又は学士から、小学教員になりたいというので、色々と面倒な手続きをして、ヤットの思いで現在の小学校に奉職する事が出来たりしたものであったが、それ迄の間というもの学校の図書館や、人通りの無い国道や、放課後の教室の中なぞでも、幾度となくソンナような知らない声から呼びかけられる経験を繰返したのであった。
 しかし彼は、そんな体験を他人に話したことは依然として一度も無かった。ただそのうちにだんだんと年を取って来るにつれて、時々そんな事実にぶつかるたんびに、いくらかずつ気味が悪るくなって来たことは事実であった。……こんな体験を持っている人間は事に依《よ》ると俺ばかりじゃないかしらん。……他人がこんな不思議な体験をした話を、聞いたり読んだりした事が、今までに一度も無いのは何故《なぜ》だろう。……俺は小さい時から一種の精神異状者に生れ付いているのじゃないか知らん……なぞと内々《ないない》で気を付けるようになったものである。
 ところが、そのうちに、ちょうど十二三年ばかり前の結婚当時の事、宿直の退屈|凌《しの》ぎに、学校の図書室に這入《はい》り込んで、室の隅に積み重ねて在《あ》る「心霊界」という薄ッペラな雑誌を手に取りながら読むともなく読んでいると、思いがけもなく自分の体験にピッタリし過ぎる位ピッタリした学説を発見したので、彼はドキンとする程驚ろかされたものであった。
 それは旧|露西亜《ロシア》のモスコー大学に属する心霊学界の非売雑誌に発表された新学説の抄訳紹介で「自分の魂に呼びかけられる実例」と題する論文であったが、それを読んでみると、正体の無い声に呼びかけられた者は決して彼一人でないことがわかった。
「……何にも雑音の聞こえない密室の中とか、風の無い、シンとした山の中なぞで、或る事を一心に考え詰めたり、何かに気を取られたりしている人間は、色々な不思議な声を聞くことが、よくあるものである。現にウラルの或る地方では「木魂《すだま》に呼びかけられると三年|経《た》たぬうちに死ぬ」という伝説が固く信じられている位であるが、しかもその「スダマ」、もしくは「主《ぬし》の無い声」の正体を、心霊学の研究にかけてみると何でもない。それは自分の霊魂が、自分に呼びかける声に外《ほか》ならないのである。
 すなわち一切の人間の性格は、ちょうど代数の因子分解と同様な方式で説明出来るものである。換言すれば一個の人間の性格というものは、その先祖代々から伝わった色々な根性……もしくは魂の相乗積に外ならないので、たとえば([#ここから横組み]A2[#「2」は指数]−B2[#「2」は指数][#ここで横組み終わり])という性格は([#ここから横組み]A+B[#ここで横組み終わり])という父親の性格と([#ここから横組み]A−B[#ここで横組み終わり])という母親の性格が遺伝したものの相乗積に外ならない……と考えられるようなものである。ところでその([#ここから横組み]A2[#「2」は指数]−B2[#「2」は指数][#ここで横組み終わり])という全性格の中でも([#ここから横組み]A−B[#ここで横組み終わり])という一因子《ワンファクター》……換言すれば母親から遺伝した、たとえば「数学好き」という魂が、その([#ここから横組み]A−B[#ここで横組み終わり])的傾向……すなわち数学の研究慾に凝《こ》り固まって、どこまでも他の魂の存在を無視して、超越して行こうとするような事があると、アトに取り残された([#ここから横組み]A+B[#ここで横組み終わり])という魂が、一人ポッチで遊離したまま、徐々と、又は突然に一種の不安定的な心霊作用を起して([#ここから横組み]A−B[#ここで横組み終わり])に呼びかける……つまり一時的に片寄った([#ここから横組み]A−B[#ここで横組み終わり])的性格を([#ここから横組み]A+B[#ここで横組み終わり])の方向へ呼び戻して、以前の全性格([#ここから横組み]A2[#「2」は指数]−B2[#「2」は指数][#ここで横組み終わり])の飽和状態に立ち帰らせるべくモーションをかけるのだ。その魂の呼びかけが、そっくりそのまま声となって錯覚されるので、その声が普通の鼓膜から来た声よりズット深い意識にまで感じられて、人を驚ろかせ、怪しませるのは当然のことでなければならぬ」
 といったような論法で、生物の外見の上に現われる遺伝が、組合《くみあわせ》式、一列式、並列式、又は等比、等差なぞいう数理的な配合によって行われているところから説き初めて、精神、もしくは性格、習慣なぞいう心霊関係の遺伝も同様に、数理的の原則によって行われている事実にまで、幾多の犯罪者の家系を実例に挙げて説き及ぼしている。それから天才と狂人、幽霊現象、千里眼、予言者なぞいう高等数学的な心理の分解現象の実例を、詳細に亙《わた》って数理的に説明して在ったが、その中でも特別に彼がタタキ付けられた一節は、普通人と、天才と、狂人の心理分解の状態を、それぞれ数理的に比較研究する前提として掲げてある、次のような解説であった。
「……天才とか狂人とかいうものは詰まるところ、そうした自分の性格の中の色々な因子の中の或る一つか二つかを、ハッキリと遊離させる力が意識的、もしくは無意識的(病的)に強い人間を指して云うので、天才が狂人に近いという俗説も、斯様《かよう》に観察して来ると、極めて合理的に説明されて来るのである。……太陽を描《か》いて発狂したゴホや、モナ・リザの肖像を見て気が変になった数名の画家なぞはその好適例である。すなわち自分の魂をその絵に傾注し過ぎて、モトの通りのシックリした性格に帰れなくなったので、その結果スッカリ分裂して遊離してしまった個々別々の自分の魂から、夜も昼も呼びかけられるようになってしまったのだ。
 ……又、ベクリンという画伯は、自分に呼びかける自分の魂の姿を、骸骨がバイオリンを弾いている姿に描きあらわして不朽《ふきゅう》の名を残したものである。
 ……又、これを普通人の例に取って見ると、身体《からだ》が弱かったり、年を老《と》って死期が近付いたりした人間は、認識の帰納力とか意識の綜合力とかいったような中心主力《ドミナント》が弱って来る結果、意識の自然分解作用がポツポツあらわれ初める。時々、どこからか自分の声に呼びかけられるようになる。だから身体が弱かった場合か、又は相当年を老った人間で、正体の無い声に呼びかけられるような事があったならば、自分の死期の近づいた事に就いて慎重なる考慮をめぐらすべきである」云々《うんぬん》……。
 この論文の一節を読んだ時に彼は、思わずゾッとして首を縮めさせられた。生れ付き虚弱な上に、天才的な、極度に気の弱い性格を持っている彼が、そうした不可思議な現象に襲われる習慣を持っているのは、当然過ぎる位当然な事と思わせられた。そうしてそれ以来、普通人よりも天才とか狂人とかいう者の頭の方が合理的に動いているものではないか知らんと、衷心《ちゅうしん》から疑い出す一方に、時折り彼を呼びかけるその声が、果して自分の声だかどうだかを、的確に聞き分けてやろうと思って、ショッチュウ心掛けていたものであった。

 ところが、ここに又一つの奇蹟が現われた……というのは外でもない。その本を読んでからというもの、彼はどうしたものか、一度もそんな声にぶつからなくなってしまった事であった。ちょうど正体を看破された幽霊か何《なん》ぞのように、自分を呼びかける自分の声が、ピッタリと姿を見せなくなったので、この七八年というもの彼は忘れるともなしにソノ「自分を呼びかける自分の声」のことを忘れてしまっていた。もっともこの七八年というもの彼は、所帯を持ったり、子供は出来たりで、好きな数学の研究に没頭して、自分の魂を遊離させる機会が些《すく》なかったせいかも知れなかったが……。
 ところが又、その後になって、彼の妻と子供が死んで、ホントウの一人ポッチになってしまうと、不思議にも今云ったような心理現象が又もやハッキリと現われ出して、彼を驚かし初めたのであった。のみならずその声が彼にとっては実にたまらない、身を切るような痛切な形式でもって襲いかかりはじめたので、彼はモウその声に徹底的にタタキ付けられてしまって、息も吐《つ》かれない眼に会わせられることになったのであるが、しかも、そんな事になったそのソモソモの因縁を彼自身によくよく考え廻わしてみると、それはどうやら彼の亡くなった妻の、異常な性格から発端《ほったん》して来ているらしく思われたのであった。
 彼の亡くなった妻のキセ子というのは元来、彼の住んでいる村の村長の娘で、この界隈《かいわい》には珍らしい女学校卒業の才媛《さいえん》であったが、容貌《ようぼう》は勿論のこと、気質までもが尋常《じんじょう》一様の変り方ではなかった。彼が堂々たる銀時計の学士様でいながら、小学校の生徒に数学を教えたいのが一パイで、無理やりに自分の故郷の小学校に奉職しているのに、その横合いから又、無理やりに彼の意気組に共鳴して、一所《いっしょ》になる位の女だったので、ただ子供に対する愛情だけが普通と変っていないのが、寧《むし》ろ不思議な位のものであった。つまり極度にヒステリックな変態的|女丈夫《じょじょうふ》とでも形容されそうな型《タイプ》の女であったが、それだけに又、自分の身体《からだ》が重い肺病に罹《かか》っても、亭主の彼に苦労をかけまいとして、無理に無理を押し通して立働《たちは
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