渡世人らしく、頬冠りや向う鉢巻で群がっている穢苦《むさくる》しい老若は、近郷近在の百姓や地主らしい。正面に雲竜《うんりゅう》の刺青《ほりもの》の片肌を脱いで、大胡坐《おおあぐら》を掻いた和尚の前に積み上げてある寺銭が山のよう。盆茣蓙《ぼんござ》を取巻いて円陣を作った人々の背後《うしろ》に並んだ酒肴《さけさかな》の芳香《におい》が、雨戸の隙間からプンプンと洩れて来て、銀之丞の空腹《すきばら》を、たまらなく抉《えぐ》るのであった。
そのうちに盆茣蓙の真中に伏せてあった骰子《さいころ》壺が引っくり返ると、和尚の負けになったらしく、積上げられた寺銭が、大勢の笑い声の中《うち》にザラザラと崩れて行く。それを見ると和尚が不機嫌そうにトロンとした眼を据えて、
「……これはいかん。ああ。酔うた酔うた。ドレちょっと一パイ水でも呑んで来ようか」
と云ううちに立上った和尚の物すごい眼尻に引かえて、唇元《くちもと》の微かな薄笑いが、裸体《はだか》蝋燭の光りにチラリと映ったのを銀之丞は見逃がさなかった。
銀之丞はコッソリと雨戸から離れて、ドシンドシンという和尚の足音が、どこへ行くかを聞き送っていた。
和尚の足音は渡殿《わたどの》を渡って庫裡《くり》の方へ消えて行った。そこの闇《くら》がりで水を飲む柄杓《ひしゃく》の音がカラカラと聞こえたが、やがて又今度は音も立てずにヒッソリと渡殿を引返して、何やドッと笑い合う賭博《ばくち》連中のどよめきを他所《よそ》に、本堂の外廊下の暗《やみ》に消え込んで行ったと思うと、不思議なるかな。さしもの本堂の大伽藍《だいがらん》の鴨井《かもい》のあたりからギイギイと音を立てて揺れはじめ、だんだん烈しくなって来て本堂一面に砂の雨がザアザアと降り出し、軒の瓦がゾロゾロガラガラと辷り落ちて、バチンバチンと庭の面《も》を打つ騒ぎに、並居《なみい》る渡世人や百姓の面々は、すはこそ出たぞ、地震地震と取るものも取りあえず、燭台を蹴倒し、雨戸を蹴放《けはな》して家の外へ飛び出せば、本堂の中は真暗闇となって、聞こゆるものは砂ほこりの畳に頽雪《なだ》るる音ばかりとなった。
なれども銀之丞はちっとも驚かなかった。こっそりと渡殿の欄干を匐《は》い上り、本堂の外縁にまわり込んでみると、本堂の真背後《まうしろ》に在る内陣と向い合った親柱を、最前の三多羅和尚が双肌脱ぎとなり、声こそ立て
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