け殺したって何にもならん。国賊という意味で昂奮のあまり殺したにしても酒の中へ毒を入れる役は差詰め西木の娘さんだけだろうが、それもどうやら話がおかしい……といったような気がしたもんだから、取りあえず県の衛生課へ電話で問合わせてみると、
「斎藤医師の嚥下した毒物は目下分析中」
 という愛想《あいそう》もコソもない返事だ。ナアニ、分析中でも何でもない。放ったらかしていたらしいんだ。「馬鹿にしてやがる。虎列剌《コレラ》でも何でもないものを……」といった調子だったのだろう。「虎列剌《コレラ》菌なし。酸性反応云々」までは顕微鏡とリトマスだけで直ぐにわかる。仕事が極めて簡単だが、アトの分析はナカナカ面倒臭いからね。県の役人なんてものは、こうした臨時の仕事となると、いつもいい加減にあしらうものらしいんだ。
 そこで吾輩は止むを得ず、その翌日《あくるひ》の土曜日の休講を利用して、ブラリとB町の西木家へ出張してみた。M内科部長の温情に敬意を払ってね。実は斎藤さんの死骸を解剖した方が早わかりなんだが、どこに引っかかっているのか、まだ看《み》なかったし、酒を飲んだ現場《げんじょう》を見たり、後家さんの話を聞いたりしておけば解決が早いと思った訳だ。……というと大層立派な御出張のようだが、しかし公式の責任はチットもないんだから、何の事はない一種の弥次馬だろう。フロックコートを着た……。

 西木家を監視していた警官も、青年団員も、名刺を出すと訳なく通してくれたが、狭い穢《きた》ない家だった。四|間《ま》ぐらいの土低い普通の百姓家で、あまり流行《はや》っていない獣医さんの家《うち》らしかったが、ホルマリンと生石灰の臭気の非道《ひど》いのには弱らされたよ。
 青年団員に間取りを聞いた吾輩は、ハンカチで鼻を蔽いながらイキナリ薬局に這入って行った。実は吾輩、獣医の薬局なるものを見た事がなかったのでね。ドンナ薬と道具が、ドンナ工合に並んでいるものか後学のために見ておきたかったのだ。序《ついで》にドンナ毒物が使用されたかもアラカタ見当が付くだろうと考えていた。
 実は娘さんが居ると色々聞いてみたい事が在ったんだが、際どいところでドロンを極め込んでいるもんだから何もかも盲目《めくら》探り同然だ。弥次馬探偵、弱ったよ……まったく……。
 ところが案ずるよりも生むが易いとはこの事だね。みんな虎列剌《コレラ》を怖
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