を安置した車の前に立ちながら、見栄も何も構わずに涙をダクダクと流していられるのを見た時に、私は顔を上げ得なかった。
 広田弘毅閣下も泣いておられたそうであるが、これは気付かなかった。
「頭山さんが頭山さんが」
 と云って、今年六十七になる母親が、国府津《こうづ》附近まで泣き止まなかったのには全く閉口した。慰める言葉が無かった。

 父が生前に社会の父であったかドウか私は知らない。けれども生前の父をこれ程までに思って、葬式までして下すった世間の方々が、今からは疑いもなく私の父の死後の父になって下すった訳である。
 あらゆる意味に於て不肖《ふしょう》の子である私は、父の生前に思わしい孝行を尽し得なかった。これからは父の死後の父に、心の限り孝行をして行きたい。



底本:「夢野久作全集11」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年12月3日第1刷発行
入力:柴田卓治
校正:小林徹
2001年12月5日公開
2006年3月3日修正
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