。
その上には日月星辰が晴れやかにめぐりめぐっております。その下には地球が刻々に零下二百七十四度に向って冷《ひえ》て行きつつあります。
四時《しじ》が徐《おもむ》ろにそのまわりに移り変って行きます。風雨がこれを洗い、雷電がこれにはためきかかり、地震がこれをゆすぶりつつ、これを楽しませ、威《おど》かし、励ましております。万有はこれに和して、ドンドン進化の道程を進めて行きます。
――獣から――人間へ――
――人間から……?
スフィンクスは矢っ張り鼻の表現を見せませぬ。依然たる「謎語《なぞ》」の姿を固持しております。
吾々人類はどちらに向って進化したらいいでしょうか。
どうしたらいいでしょうか? この驚くべき大きさ――限りない長さを。この美しさ、楽しさ――この不思議さ、怪しさを。この騒々しさ、可笑しさ――この淋しさ、悲しさを。
この長たらしい馬鹿囃子――無味単調な茶番神楽を如何に踊ったらいいでしょうか。
矢っ張りすべてはおかめとヒョットコと天狗の面を離れませぬ。吾々は皆スフィンクスに呪われております。
こうなっては仕方がありませぬ。
吾々は自分の鼻の表現を研究するより他に方法がありませぬ。自分の鼻の表現の起こる源に探りを入れて、その根本を明らめて方向をきめる。そうしてその方向に時々刻々に油断なく進むよりほかに致し方ありませぬ。
うっかり立ち止《とど》まったり、屁古垂《へこた》れたりしてスフィンクスに呪われないように――天狗かおかめかヒョットコなぞいうような馬鹿なお化けに取りつかれないように――人間一代の恥辱の姿にならぬように――
獣から人間へ――
物質界から精神界へ――
そうして人間から……?……へ
さて又精神界から……?……へ
自分自身がスフィンクスになって――
自分の鼻の表現を研究し完成して――
鼻の表現研究の必要がなくなっても――
これを超越してしまっても――
「アハハハハハハハハハ」
……まだ天狗様が笑っております。
――自覚――自覚――飽く迄も――
――いつ迄も――
そうして、生命《いのち》のある限り――
地球の冷尽《ひえつく》す限り――
鼻の表現を――新しく――新しく――
底本:「夢野久作全集11」ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年12月3日第1刷発行
※41字詰めの底本で、天地全角空けて、39倍で組まれてれている「…」は、20倍で入力しました。
入力:柴田卓治
校正:小林徹
2004年10月30日作成
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