サイダ抜式鼻の表現――この対照の方が表現派向きかも知れませぬ。
鼻と実社会
――鼻の動的表現(十一)
こうして鼻の表現は、その大小、深浅、厚薄取り取りをそのままに、無意識の裡に相手に感応させております。相手も又無意識のまま感応に相当する意志や感情を動かしてその鼻に表現しているのであります。
この点に気付かない人が多いのと同比例に、世の中の事が思い通りに行かぬ人が多いらしいのであります。そうしてそこに鼻の表現の使命が遺憾なく裏書きされているのであります。
「おれがこんなにお百度を踏むのに、彼奴《きゃつ》は何だって賛成しないのだろう」
「妾《わたし》がこれだけ口説いているのに、あの旦突《だんつく》は何故身請してくれないのだろう」
「親仁《おやじ》はどうして僕を信用してくれないんだろう」
「彼奴《きゃつ》威《おど》かしても知らん顔していやがる」
なぞよく承わる事でありますが、これはさも有るべき事で、御本人の誠意が無い限り鼻が決してその誠意を裏書きしてくれないからであります。お向う様を怨むよりお手前の鼻に文句をつけた方が早わかりかも知れませぬ。このほか……
「
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