す。
「鼻につく」という言葉は、始めのうちは珍らしさに紛《まぎ》れていた臭味《くさみ》がだんだんとわかって来てうんざりした、嫌になった、飽き飽きしたという、多少前の「鼻|白《じろ》む」というのと似通ったような表現であります。これが極端になると普通の嫌なものに出合った時と同様に「鼻をしかめる」、もっと高潮すると「鼻をそむける」なぞいう表現にかわります。又同じような表現で「鼻をつまむ」というのは臭いという意味から転化したもので、「鼻もちならぬ」という表現に手の表現を添えたものであります。尚「鼻つまみ」というのは、主として人物に対してのみ用いられる形容詞で鼻の表現ではありませぬが、鼻の表現から転化したものである事はいう迄もありませぬ。
 尚これは少々コジ付けの嫌いがありますが、「鼻ぐすり」という言葉があります。この種の薬を用いるのに何も特別に鼻という文字を担ぎ出さなくともよさそうに思われるのでありますが、実はしっかりした拠り処があるのであります。
 つまり相手が兼ねてから見せていた「不賛成」とか「怪《け》しからん」という不快な鼻の表情が、このお薬を用いると遠からずか忽ちにかボヤケてしまって、
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