なくも
エジプトの       御代を知りつゝ
神々の         まもりうけつゝ
此の広き        山と河にも
おもしろく       をかしき事を
何一つ         見出でぬまゝに
老い行きて       死に果てむ身か」

御涙          ハラ/\と落ち
ほのぼのと       夜は明けわたる」

折しまれ        あなめづらしや
女王様《わがきみ》の        御声として
カヤ/\と       笑はせ給ふ」

わが女王《きみ》の       御閨《みねや》ぬちに
いづくより       迷ひ入りけむ
一匹の         髪切虫を
かしこくも       捕はせ給ひ
此上《こよ》もなく       興がらせつゝ
黄金《こがね》にも        たとへ難かる
御髪《おんぐし》を         あたへ給ひて
啄《つい》ばませ        喰《は》ませ給ひて
カヤ/\と       笑はせ給ふ」

あなをかし       髪切虫よ
おもしろの       髪切虫よ[#底本では、この「髪切虫よ」だけ1字上がっている]
いつまでも       髪切り飽かず」

あかつきの       雲の波打つ
はてしなき       わが黒髪を
残りなく        切りつくさむとや
丸坊主に        しつくさむとや」

埃及《エジプト》の         御代を知る身を
はばからね       髪切虫よ
汝《なれ》こそは        虫の王なれ
青光る         髪切虫よ
美《うる》はしの        髪切虫よ」

われ死なば       汝《なれ》に慣ひて
髪切の         虫と生まれて
かぎりなく       恋を重ねて
はてしなく       卵を生みて
黒雲の         天ぎるきはみ
白浪の         打ち寄るかぎり
匐ひまはり       且つ飛びかけり
闇といふ        闇に忍《しの》びて
女てふ         女の髪《かみ》を
こと/″\く      喰《たう》べつくして
青空の         たなびくところ
黒つちの        くゞまるところ
人間の         さまよふきはみ
口づけの        結ぼほるかぎり
美しき         坊主あたまを
永久永遠《とことは》に       流行《はや》らせむかな
あなをかし       あなおもしろや
おもしろの       かみきり虫や
ヒヒヒホホ       カヤ/\/\/\」

女王《きみ》の御代       これより朗《ほが》らに
大御心         ひらけ浮かれて
歌宴《うたげ》して        舞ひ給ふとて
腋下《わきした》の         おん渦巻毛《うづまきげ》
こと/″\く      抜かせ給ひて
かの虫に        あたへ給ひぬ」

さればわが       女王《きみ》の御果て
み誓ひの        固きにまかせ
御柩《みひつぎ》の         御片隅に
彼《か》の虫の        木乃伊《ミイラ》を作り
秘めやかに       納めまつりつ
女王様《わがきみ》の        髪切虫の
生《あ》れまさむ       来世を待ちね
美《うる》はしき        坊主頭を
永久永遠《とことは》に       流行《はや》らせむ為」

されば聞け       後の世の人
女王様《わがきみ》の        木乃伊《ミイラ》納めし
御柩《みひつぎ》の         おん片隅に
女王様《わがきみ》の        御髪《みぐし》喰《は》みつゝ
髪切虫         今も啼《な》くなり
千年の         神秘をこめて
キツチ/\……ヰツチ/\……
  ……ギイ/\/\/\/\……」
[#ここで字下げ終わり]
「キッキッ。ギイギイギイギイギイ」
 桐の葉蔭の髪切虫は、思わず啼いてしまった。その拍子にイーサーの霊動がフッツリと感じられなくなってしまったが………。
 ……しかし……それでも若い髪切虫は感激にふるえ上ったのであった。
 ただ残念なことに、自分が果して二千年前の埃及《エジプト》女王クレオパトラの生れ変りなのか。それとも女王様の寝棺の中に秘め置かれた髪切虫か、※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]河馬《アマム》にも喰われず、太陽神《オシリス》にも叱られずに二千年後の今日《こんにち》、輪廻転生《りんねてんしょう》の道理に恵まれて、呼吸《いき》を吹返して来たものか、その辺のところがサッパリ判明しなかったが、やがて間もなく、そんな事はどうでもいい事に気が付いたので、髪切虫は一層、朗かになった。
「そうだ。妾《わた
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