処へ出た方がメチャメチャになって宜《い》い……」
「……だ……だからその善後策を……」
「何が善後策だ。吾輩の善後策はタッタ一つ……漁民五十万の死活問題あるのみだ。お互いの首の五十や六十、惜しい事はチットモない。真相を発表するのは吾輩の自由だからね」
「そ……それでは困る。御趣旨は重々わかっているからそこをどっちにも傷の附かんように、胸襟《きょうきん》を開いて懇談を……」
「それが既に間違っているじゃないか。死んだ人間はまだ沖に放《ほう》りっ放《ぱな》しになっているのに何が善後策だ。その弔慰の方法も講じないまま自分達の尻ぬぐいに取りかかるザマは何だ。況《いわ》んや自分達の失態を蔽《おお》うために、孤立無援の吾輩をコケ威《おど》しにかけて、何とか辻褄《つじつま》を合わさせようとする醜態はどうだ」
「……………」
「ソッチがそんな了簡《りょうけん》ならこっちにも覚悟がある。……憚りながら全鮮五十万の漁民を植え付けて来た三十年間には、何遍、血の雨を潜ったかわからない吾輩だ。骨が舎利《しゃり》になるともこの真相を発表せずには措かないから……」
「……イヤ。その御精神は重々、相わかっております。誤解されては困ります。爆弾漁業の取締りに就いて今後共に一層の注意を払う覚悟でおりますが、しかし、それはそれとしてとりあえず今度の事件だけに就いての善後策を、今日、この席上で……」
 とか何とか云いながら上席らしい胡麻塩《ごましお》頭の一人が改まって頭を下げ初めた。それに連れて二三人頭を下げたようであったが、内心ヨッポド屁古垂《へこた》れたらしいね。しかし吾輩はモウ欺されなかった。
「……待って下さい。その交換条件ならこっちから御免を蒙りましょう。陛下の赤子《せきし》、五十万の生霊を救う爆弾漁業の取締りは、誰でも無条件で遣らなければならぬ神聖な事業ですからね。今後、絶対に君等のお世話を受けたくない考えでいるのです。……ですから君等の職権で、勝手な報告を作って出されたらいいでしょう。……吾輩は忙がしいからこれで失礼する」
「……まあまあ……そう急《せ》き込まずと……」
「いいや失敬する。安閑と君等の尻拭いを研究している隙《ひま》はない。……何よりも気の毒なのは死んだ二人の芸者だ。林友吉や、お互いの災難は一種の自業自得に過ぎないが、芸妓《げいしゃ》となるとそうは行かん。何も知らないのに巻添えを喰わされたばかりじゃない。面倒臭いといって沖に放り出されて鯖の餌食にされたんだから、気の毒も可愛想も通り越している。君等には関係のない事かも知れんが、これから行って大いに弔問してやらなくちゃならん。……もっとも今更、線香を附けてやったって成仏《じょうぶつ》出来まいとは思うがね。ハッハッハッハッハッ……」
 といった調子で、今まで溜まっていた毒気を一度に吹っかけながら退場してくれた。……ハハハハ。イヤ。痛快だったよ。何の事はない役人連中、蚊《か》を突っついて藪《やぶ》を出した形になった。おまけにアトから聞いてみると、当日来なかった連中の中の十人ばかりが風邪を引いて、宿屋に寝ていたというのだから吾輩イヨイヨ溜飲を下げたもんだよ。
 とはいうものの……白状するが吾輩は、そのアトから直ぐに有志連中が調停に来るものと思って、実は手具脛《てぐすね》を引いて待っていたもんだ。……来やがったらドウセ破れカブレの刷毛序《はけつい》でだ。思い切り向う脛《ずね》を掻っ払ってくれようと思って、一週間ばかり心待ちに待っていたがトウトウ来ない。可怪《おか》しいと思って様子を探っていると、これも慌てて海に飛び込んだ頭株の四五人が、ヒドイ風邪を引いて寝てしまった。しかも、その中《うち》の一人は急性肺炎……モウ一人は心臓麻痺でポックリ死んでしまったので、それやこそ……死んだ友吉の祟りだ。友吉風《ともきちかぜ》友吉風というので何ともない奴までオゾ毛を慄《ふる》って蒲団《ふとん》を引っ冠《かぶ》っているという……実に滑稽なお話だが、とにかくソレくらい恐ろしかったんだね。友吉たるもの以《もっ》て瞑《めい》すべしだろう。……もっとも一方から考えてみると有志連中は懲役に行っても職業《しょうばい》を首にされる心配はない。だから役人連中に泣き付かれない限り調停に立つ必要もない。又、泣き付かれたにしたところが、二度と吾輩を丸め込む見込みはない……というないないの三拍子が揃っているんだから、知らん顔をして寝ていたんだろう。……但《ただし》新聞社には遺憾なく手を廻わしたものと見えて、一行も書かなかった。だから結局、死んだ奴が死に損という事になった訳だ。
 不人情なものさね。
 しかし真剣なところが「友吉風邪」ぐらいの事で癒える吾輩の腹ではなかった。
 芸者や友吉は成仏しても、吾輩が成仏出来ない。吾輩が観念しても五十万
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