、七名の人間が死んでいる。そのほかに芸妓《げいしゃ》二名の行方がわからない……という事が判明した。これは男連中が腕力に任せて先を争った結果で、同時に女を見殺しにした事実を雄弁に物語っているのだ。お酌や仲居が一人も飛込まないで助かったのは、お客や姉さん等に対して遠慮勝ちな彼等の平生の癖が、コンナ場合にも出たんじゃないかと思うがね。イヤ。冗談じゃないんだ。危急の場合に限って平生の習慣が一番よく出るもんだからね。
 ところがその中《うち》に西寄りの北風が吹き初めて、急に寒くなったせいでもあったろうか。死骸を並べた二等室の広間に青い顔をして固まり合っていた、生き残りの連中が騒ぎ初めた。当てもないのに立ち上りながら異口《いく》同音に、
「……帰ろう帰ろう。風邪を引きそうだ……」
「船長を呼べ船長を呼べ……」
 とワメキ出したのには呆れ返ったよ。イクラ現金でもアンマリ露骨過ぎる話だからね。片隅で屍体の世話を焼いていた丸裸の来島運転士も、これを聞くと顔色を変えて立上ったもんだ。あらん限りの醜態を見せ付けられてジリジリしていたんだからね。
「……何ですって……帰るんですって……いけませんいけません。まだ仕事があるんです」
「……ナンダ……何だ貴様は……水夫か……」
「この船の運転士です。……船の修繕はもうスッカリ出来上っているんですから、済みませんがモウ暫く落付いていて下さい。これから屍体の捜索にかかろうというところですからね」
「……探してわかるのか……」
「……わからなくたって仕方がありません。行方不明の屍体を打っちゃらかして、日の暮れないうちに帰ったら、貴方がたの責任問題になるんじゃないですか。……モウ一度探しに来るったって、この広ッパじゃ見当が付きませんよ」
 と詰め寄ったが、裁判所や、警察連中は、何を憤《おこ》っているのか、白い眼をして吾輩と来島の顔を見比べているばかりであった。すると又その中《うち》に大勢の背後《うしろ》の方で、
「……アア寒い寒い……」
 と大きな声を出しながら、四|合瓶《ごうびん》の喇叭《ラッパ》を吹いていた一人が、ヒョロヒョロと前に出て来た。トロンとした眼を据えて、
「……何だ何だ。わからないのは芸妓《げいしゃ》だけじゃないか。芸妓なんぞドウでもいい……」
 とウッカリ口を辷らしたから堪《た》まらない。隅ッ子の方に固まっていた雛妓《おしゃく》が「ワ
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