から不可《いか》ん。……よしんば貴様の云うのが事実としても尚更の事じゃないか。知らん顔をして註文通りにして遣った方が、こっちの腹を見透かされんで、ええじゃないか。……アトは又アトの考えだ。……とにかく今度の仕事は俺に任せて云う事を聴け。承知しろ承知しろ……」
 と詭弁まじりに押付けたが、そうなると又、無学おやじだけに吾輩よりも単純だ。云う事を云ってしまった形でションボリとなって、
「それあ先生が是非にという命令なら遣らんとは云いません。腕におぼえも在りますから……」
 と承知した。するとその時に廿歳《はたち》になっていた忰《せがれ》の友太郎も、親父《おやじ》が行くならというので艫櫓《ともろ》を受持ってくれたから吾輩、ホッと安心したよ。友太郎はその時分まで、南浜《なんひん》鉄工所に出て、発動機の修繕工《つくろい》を遣る傍《かたわ》ら、大学の講義録を取って勉強していたもんだが、それでも櫓柄《ろつか》を握らしたらそこいらの船頭は敵《かな》わなかった。よく吾輩の釣のお供を申付けて見せびらかしていた位だったからね。
 そこでこの二人を連れて、釜山公会堂に引返して、判事や検事連に紹介したが見覚えている者は一人も居なかった。……断っておくが友吉おやじは、再生以来スッカリ天窓《テッペン》が禿げ上ってムクムク肥っていた上に、ゴマ塩の山羊髯《やぎひげ》を生やしていたものだから、昔の面影はアトカタも無かったのだ。又忰の友太郎も十二の年から八年も経っていたのだから釜山署で泣いた顔なぞ記憶している奴が居よう筈はない。そこで釜山署に押収しておった不正ダイナマイトを十本ばかり受取った友吉親子は早速準備に取りかかる。吾輩も、午後の講演をやめて明日の実地講演の腹案にかかった。……先ずドンを実演させて、捕った魚の被害状態をそれぞれ程度分けにして見せる。これは魚市場から間接にドン犯人を検挙するために必要欠くべからざる智識なんだ。それから爆薬製作の実地見学という、つまり逆の順序プログラムだったが、実をいうと吾輩もドン漁業の実際を見るのは、生れて初めてだったから、細かいプログラムは作れない。臨機応変でやっつける方針にきめていた。
 一方に各地の有志連は慶北丸をチャーターして万般の準備を整える。一方に吾輩を千芳閣に招待して御機嫌を取ったりしているうちに、その日は註文通りの静かな金茶色に暮れてしまった。

 と
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