「……というのは、ほかの問題でもない。その爆弾漁業の実演者についてこっちにも一つ心当りがあるのだ。その人間はズット以前にドンを遣っていた経験のある人間だが、当局の諸君は勿論の事、一般の漁業関係の諸君が、その人間の過去を絶対に問わない約束をするなら、その生命《いのち》がけの仕事に推薦してみよう。現在ではスッカリ改心して、実直な仕事をしているばかりでなく、素敵もない爆弾漁業通だから将来共に、君等のお役に立つ人間じゃないかと思うが……」
 と切り出してみた。これはかねてから日蔭者《ひかげもの》でいた林友吉を、どうかして大手を振って歩けるようにして遣りたいと思っていた矢先だったから、絶好の機会《チャンス》と思って提案した訳だったがね。
 するとこの計略が図に当って、忽《たちま》ちのうちに警察、裁判所連の諒解を得た。……それは一体どんな人間だ……と好奇の眼を光らせる連中もいるという調子だったから、吾輩、手を揉み合わせて喜んだね。早速横ッ飛びに本町の事務室に帰って来て、小使部屋を覗いてみると、友吉|親仁《おやじ》は忰と差向いでヘボ将棋を指している。そいつを捕まえてこの事を相談すると、喜ぶかと思いのほか、案外極まる不機嫌な面《つら》を膨《ふく》らましたもんだ。
「それはドウモ困ります。私は日蔭者で沢山なので、先生のために生命《いのち》を棄てるよりほかに何の望みもない人間です。あんなヘッポコ役人の御機嫌を取って、罪を赦《ゆる》してもらう位いなら、モウ一度、玄海灘で褌《ふんどし》の洗濯をします。まあ御免蒙りまっしょう」
 というニベもない挨拶だ。将棋盤から顔も上げようとしない。このおやじ[#「おやじ」に傍点]がコンナ調子になったら梃《てこ》でも動かない前例があるから弱ったよ。
「しかし俺が承知したんだから遣ってくれなくちゃ困るじゃないか。今更、そんな人間はいなかったとは云えんじゃないか」
 とハラハラしながら高飛車をかけて見ると、おやじはイヨイヨ面《つら》を膨らました。
「それだから先生は困るというのです。アノ飲み助のお医者さんも云い御座った。先生は演説病に取付かれて御座るから世間の事はチョットもわからん。しかしあの病気ばっかりは薬の盛りようがないと云って御座ったがマッタクじゃ。……一体先生は、アイツ等が本気で爆漁実演《ドン》を見たがっていると思うていなさるのですか」
 と手駒を放り
前へ 次へ
全57ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング