》な話だとは思ったが、しかし悪い気持ちはしなかったよ。とにもかくにもソンナ調子で南鮮沿海からドンの声が消え失せてしまった。それに連れて沿岸から遠ざかっていた鯖の廻遊が、ダンダンと海岸線へ接近し初めたので、漁師連中は喜ぶまいことか……轟様轟様……というので後光がさすような持て方だ。
 吾輩の得意、想うべしだね。「ソレ見ろ」というので友吉おやじと赤い舌を出し合ったが、これというのも要するに、あの呑兵衛|老医師《ドクトル》のお蔭だというので、三人が寄ると触ると、大白《たいはく》を挙げて万歳を三唱したものだ。
 ハッハッ……その通りその通り。どうも吾輩の癖でね。じきに大白を挙げたくなるから困るんだ。汝《なんじ》元来一本槍に生れ付いているんだから仕方がない。スッカリ良い気持になって到る処にメートルを上げていたのが不可《いけ》なかった。思いもかけぬ間違いから自分の首をフッ飛ばすような大惨劇にぶつかる事になった。ドン漁業に対する吾輩の認識不足が、骨髄に徹して立証される事になったのだ。
 ……どうしてって君、わからんかね……と……云いたいところだが、そういう吾輩も実をいうと気が付かなかった。朝鮮沿海からドンの音が一掃されたので、最早《もはや》大願成就……金比羅《こんぴら》様に願ほどきをしてもよかろう……と思ったのが豈計《あにはか》らんやの油断大敵だった。ドンの音は絶えても、内地の爆弾取締りは依然たる穴だらけだろう。ちっとも取締った形跡が無いのだ。藁塚産業課長の膝詰《ひざづめ》談判が、今度は「内地モンロー主義」にぶつかっていた事実を、ドンドコドンまで気付かずにいたのだ。
 その証拠というのは外でもない。山内さんが内地へ引上げて内閣を組織されるようになった大正五年以後、折角《せっかく》、引締まっていた各道の役人の箍《たが》がグングン弛《ゆる》んで来たものらしい。それから間もなく大正八年の春先になると、一旦、終熄《しゅうそく》していた爆弾《ドン》漁業がモリモリと擡頭して来た。……一度|逐《お》い捲くられた鯖の群れが、岸に寄って来るに連れて、内地から一直線に満洲や咸鏡北道《かんきょうほくどう》へ抜けていた爆薬が、モウ一度南鮮沿海でドカンドカンと物をいい出すのは当然の帰結だからね。おまけに今度は全体の遣口《やりくち》が、以前よりもズット合理的になって来たらしく、友吉|親仁《おやじ》の千里眼、
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