島《きょぶんとう》、五、六、七月頃の巨済島《きょさいとう》入佐村《いりさむら》、九、十、十一月の釜山、方魚津《ほうぎょしん》、甘浦《かんぽ》、九龍浦、浦項、元山《げんざん》方面へ行って御覧なさい。先生のように爆薬漁業《ドン》を不正漁業なんて云っている役人は一人も居りませんよ。ドン大明神様々というので、駐在巡査でも一身代《ひとしんだい》作っている者が居る位です。尋常に巾着《きんちゃく》網や、長瀬《ながせ》網を引いている奴は、馬鹿みたようなもんで……ヘエ……。
 ……そのほかに爆薬の出て来る処は無いか……と仰言《おっしゃ》るのですか。ヘエ。それあ在るという噂は確かに聞いておりますが、本当か虚構《うそ》かは私も保証出来ません。つまりそこ、ここの火薬庫の主任が、一生一代の大きなサバを読んで渡すことがあるそうで、古い話ですが大阪や、目黒の火薬庫の爆発はその帳尻を誤魔化《ごまか》すために遣ったものだとも云います。そのほか大勢で火薬庫を襲撃した事件も在ると申しますがドンナものでしょうか。新聞には出ていたそうですが……。
 ……そんな大物の捌《は》け口が、ドン方面ばっかりで無い事は保証出来ます。露西亜《ロシア》や、支那に売込んで行く様子も、この眼で見たんですからいつでも現場に御案内致しますが、しかし値段のところはちょっと見当が付きかねます。何でも長城《ちょうじょう》から哈爾賓《ハルピン》を越えると爆薬《ハッパ》の値段が二倍になる。露西亜境の黒龍江《こくりゅうこう》を渡ると四倍になるんだそうですが、これは拳銃《ピストル》でも何でも、禁制品《やかましいもの》はミンナ同じ事でしょう。売国行為だか何だか存じませんが、儲かる事は請合いで……エヘヘヘヘヘヘ……」
 黙って聞いていた吾輩は、この笑い声を聞くと同時に横ッ腹からゾーッとして来たよ。話の内容がアンマリ凄いのと、思い切りヒネクレた友吉|親仁《おやじ》の、平気な話ぶりに打たれたんだね。吾輩はその時にドッカリと椅子にヘタバリ込んだ。腕を組んで瞑目沈思したもんだ。気を落付けようとしたが武者振いが出て仕様がなかったもんだ。
 しかしその中《うち》に机《テーブル》を一つドカンと敲《たた》いて決心を据えると吾輩は、友吉親子を連れてコッソリと××を脱け出した。何よりも先に対岸の福岡県に馳け付けて旧友の佐々木知事を説伏《ときふ》せて、出来たばっかりの警
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