その上に十二三ぐらいの子供が取り縋《すが》って泣いている様子だから、可怪《おか》しいと思い思い、危険を冒《おか》して近寄ってみると、倒れているのは瘠せコケた中年男だが、全身紫色になった血まみれ姿だ。そこでいよいよ驚きながら、何はともあれ子供と一所《いっしょ》に舟へ収容して、シクシク泣いている奴に様子を聞いてみると、こんな話だ。
「……ウチの父さんが昨日《きのう》、この向うでドンをやっていたら、どこからか望遠鏡で覗いていた水雷艇に捕まって、釜山の警察に引っぱって行かれた。……その時にウチはメチャクチャに泣き出して、父《とっ》さんの頸にカジリ付いて、イクラ叱られても離れなかった。……そうしたら警察の奥の方から出て来た紋付袴《もんつきはかま》の立派な人が、ウチ達をジロジロ見て、警部さんに許してやれと云うたので、タッタ一晩、警察に寝かされただけで、きょうの正午《ひる》過ぎに釈放《はな》された上に、舟まで返してもろうた。父《とっ》さんは大層喜んで、お前の手柄だと云って賞めてくれた。
……そうしたら又……釜山の南浜から船に乗って、絶影島《まきのしま》を廻ると間もなく、荒くれ男を大勢載せた、正体のわからない発動機船《ポンポン》が一艘、どこからか出て来て、父《とっ》さんを捉まえて踏んだり蹴ったりしたから、ウチもその中の一人の向う脛に噛み付いてやったら、一気に海へ蹴込《けこ》まれてしもうた。……ウチの父《とっ》さんは、平生《いつも》から小型《ちいさ》な、鱶捕《ふかど》りの短導火線弾《ハヤクチ》を四ツ五ツと、舶来の器械|燐寸《まっち》を準備《ようい》していた。これさえ在れば発動機船《ポンポン》の一艘二艘、物は言わせんと云うとったのに、釜山の警察で取上げられてしもうたお蔭で負けてしもうた。それが残念で残念で仕様がない。
……そのうちに発動機船《ポンポン》は、父《とっ》さんの身体《からだ》を海に投込んでウチ達の舟を曳いたまま、どこかへ行ってしもうた。その時に波の間を泳いでいたウチは直ぐに父《とっ》さんの身体《からだ》に取り付いて、頭を抱えながら仰向き泳ぎをして、一生懸命であの岩の上まで来たけれど、向うが絶壁《きりぎし》で登りようがない。そのうちに汐《しお》がさして来て、岩の上が狭くなったから、どこかへ泳いで行くつもりで、父《とっ》さんの耳に口を当て、「待っておいで……讐敵《かたき》を取
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