たかわからないが、思えばこの時の吾輩こそ、大馬鹿の大馬鹿の三太郎だったのだね。
 こんな事実が度重《たびかさ》なるうちに……吾輩ヤット気が付いたもんだ。君だってここまで聞いて来れば大抵、感付いているだろう。……ウンウン。その通りなんだ。明言したって構わない。爆弾密売買の元締連中の手が朝鮮の司法関係にまで行きまわっているんだ。何しろその当時の朝鮮の官吏と来たら、総督府の官制が発布されたばかりの殖民地気分のホヤホヤ時代だからね。月給の高価《たか》いのを目標に集まって来たような連中ばかりだから、内地の官吏よりもズット素質が落ちていたのは止むを得ないだろう。……それと気が付いた吾輩は、それこそ地団太《じだんだ》を踏んで口惜しがったものだ。地団太の踏み方がチットばかり遅かったが仕方がない。
 そこでボンヤリながらもそうと気が付くと同時に吾輩は、ピッタリと講演を止めてしまって、爆弾漁業の本拠|探《さぐ》りに没頭したもんだ。先《ま》ず手頃の人間で吾輩のスパイになってくれる者は居ないか……と頻《しき》りに近まわりの人間を物色してみたが、それにしてもウッカリした奴にこの大事は明かせない。何しろ五十万人の死活問題を背負って立つだけの器量と、覚悟を持った奴でなければならない上に、ドンの背景となっている連中が又、ドレ位の大物なのか見当が付かないのだから、とりあえず佐倉宗五郎以上の鉄石心《てっせきしん》が必要だ。もちろん組合の費用は全部、費消《つか》っても構わない覚悟はきめていた訳だがそれでも多寡《たか》は知れている。それを承知で活躍する人間といったら、当然、吾輩以上の道楽|気《け》が無くちゃならんだろう……ハテ……そんな素晴らしい変り者が、この世界に居るか知らんと、眼を皿のようにして見廻わしているところへ、天なる哉《かな》、命なる哉。思いもかけない風来坊が吾輩の懐中《ふところ》へ転がり込んで来る段取りになった。
 ……ところでドウダイもう一パイ……相手をしてくれんと吾輩が飲めん。飲まんと舌が縺《もつ》れるというアル中患者だから止むを得んだろう……取調べの一手《ひとて》にソンナのが在りやせんか……アッハッハッ……。
 ナニ。この三杯酢かい。こいつは大丈夫だよ。林《りん》青年の手料理だが、新鮮無類の「北枕」……一名ナメラという一番スゴイ鰒《ふぐ》の赤肝《あかぎも》だ。御覧の通り雁皮《がんぴ》み
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