……。
ナニ……吾輩が首になった原因を話せと云うのか……。
ハハハハ。それあ話しても宜《え》え。吾輩としては俯仰《ふぎょう》天地に愧《は》じない事件で首を飛ばされたんだから、イクラ話しても構わんには構わんが、しかしだ。君はホントウに吾輩の云う事を事実と信じて聞いてくれるかね。エエ……?……。
イヤ。失敬失敬。それはわかっとる。重々わかっとる。君が吾輩を信じてくれる事はトコトンまで疑わんが、しかしそれでも吾輩の休職の裏面に潜む事件の真相なるものが、到底、常識では信ぜられんくらい悽愴《せいそう》、惨憺《さんたん》、醜怪、非道を極めたものがあるから、特に念を押す訳だよ。
手早い話が、吾輩の首をフッ飛ばした事件の真相を突込んで行くと一つのスバラシイ復讐事件にブツカッて来るんだ。しかもその事件の主人公というのは、吹けば飛ぶような貧乏|老爺《おやじ》に過ぎないのに、その相手というと南朝鮮各道の検事、判事、警察署長、その他の有力者六十余名というのだから容易じゃないだろう。……のみならず、その復讐事件の真相なるものをモウ一つ奥の方へ手繰《たぐ》って行くと、現在、内地朝鮮の官界、政界、実業界に根強い勢力を張り廻わしている巨頭株の首を珠数《じゅず》繋ぎにしなければならぬという、日本空前の大疑獄が持ち上って来る事、請合いだ。……しかもソイツが又、全国の爆薬取締に関する重大秘密から、社会主義者、不逞鮮人の策動に引っかかって行く。もしくは張作霖《ちょうさくりん》、段祺瑞《だんきずい》を中心とする満洲、支那政局の根本動力にまで影響するかも知れんという……実に売国奴以上に戦慄すべき彼等、巨頭株連中の非国家的行為が、真正面から蜂の巣を突っついたように、曝露《ばくろ》して来るかも知れないんだが……それでも構わんか……君は……。
もちろんこれは吾輩一流の酔った紛れの大風呂敷じゃないんだぜ。相手が普通の人間なら兎も角だ。農商務大臣と製鉄所長官の首を一度に絞めて、前内閣を引っくり返した堅田《かただ》検事総長から、懐刀《ふところがたな》と頼まれている斎木検事正のお耳に、この話が這入《はい》ったとなると問題だろう。メッタにお聞き棄てにならん事を、知って知り抜いて饒舌《しゃべ》りよるのじゃが宜《え》えか。
アッハッハッハッハッ。イヤ。決してオベッカじゃないよ。持ち上げよるでも何でもない。シラ真剣の打
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