でした。
 お家の人は皆驚いて感心をして賞め千切って、いろいろのものを買って下さいました。しかし女の児はそれを大切にしまって、今までちえ子さんが使い古したものばかり使いました。
 けれどもお家の人よりも何よりも驚いたのは学校の先生でした。今までは何をきいてもうつむいてばかりいたちえ子が、今度は何を聞いてもすっかり勉強しておぼえていて、時々は先生も困る位よい質問を出します。
 そればかりでなく、今まで運動場で遊んでいても、直《すぐ》に泣いたり、おこったり、すねたり、よけいなにくまれ口をきいたりして嫌われていたちえ子が、急に親切にやさしくなって、どんな遊戯でもいやがらずに、それはそれは元気よく愉快に仲よく遊びますので、友達の出来る事出来る事。今まで寄り付かなかったよいお友達が、みんな遊びたがってお家にまで来るようになりました。
 女の児はいつもよいお友達と音なしく遊んで、音なしく勉強しました。
 来るお友達も来るお友達も、みんなちえ子さんの机の上の一輪ざしに生けてある白椿の花を賞めました。その時女の児はいつもこう答えました。
「あたしはこの白椿のようになりたいといつも思っています」
「ほんとにね」
 と友達は皆、女の児の清い心持ちに感心をしてため息をしました。
 ちえ子さんの白椿は日に増し淋しく悲しくなって来ました。「あたしのようなわるい児はこのまま散ってしまって、あの女の児が妾《あたし》の代りになっている方がどれ位みんなのしあわせになるかもしれない。どうぞ神様、妾の代りにあの女の児がしあわせでいるように、そうしていつまでもかわらずにいるように」と心から祈って、涙をホロホロと流しました。
 その中《うち》にだんだん気が遠くなって、ガックリとうなだれてしまいました。

       ×          ×          ×

「まあちえ子さん、大変じゃないの。総甲を取っているのに、何だって今まで見たいに成績を隠すのです。お起きなさいってば、ちえ子さん。そんなに勉強ばかりして身体《からだ》に障りますよ」
 とお母さんの声がします。フッと眼をあけてみると、ちえ子さんは算術の本を開いてその上にうたた寝をしているのでした。
 眼の前の机の上の一輪挿しには椿の枝と葉ばかりが挿さっていて、花はしおれ返ったままうつ伏せに落ちておりました。



底本:「夢野久作全集1」ちくま文庫
前へ 次へ
全4ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング