、思いがけない真向うの山蔭に、今まで見た事もない美しい、赤い光りを発見したのであった。何となく神秘的な……不可思議な……たまらなくなつかしいような……。

 虎蔵は面喰らった上にもめんくらった。幾度も幾度も眼を擦《こす》った。何故《なにゆえ》ともなく胸の躍るのを感じながら、左右に白々と横たわっている闇夜の街道を見まわした。自分で自分に云い聞かせるようにつぶやいた。
「……まさか……俺を威《おど》かすつもりじゃあんめえが……ハアテナ……」
 虎蔵はやがて両腕を組んだまま、その光りに吸い寄せられるようにスタスタと歩き出していた。深夜の草山を押し分けて、一直線に赤い光りの方向へ近付いて行くと、そのうちに虎蔵の眼の前の闇の中に、要塞のように仄《ほの》黄色い、西洋館造りの大邸宅が浮かみ現われて来た。
 赤い光りは、その大邸宅の右の端にタッタ一つ建っている、屋根の尖《と》んがった、奇妙な恰好の二階の窓から洩れて来るのであった。そのほかに燈光《あかり》の洩れている部屋は一つもないらしく、さしもの大邸宅が隅から隅まで死んだように寝静まっている事が、間もなく彼の第六感にシミジミと感じられて来た。
 虎蔵
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