、その寺で惨酷《むご》い殺され方を致しました男だか、女だかが死に際にコンナ事を申しましたんだそうで……この怨みがドンナに深いか、お庭のくれない[#「くれない」に傍点]の花を見て思い知れ。紅《くれない》の花が白く咲いているうちは俺の怨みが残っていると思えってそう云ったんだそうで……でげすから只今でもその焼跡《あと》に咲いておりますくれない[#「くれない」に傍点]の花だけは御覧の通り真白なんだそうで御座います」
「プッ……夏向きの怪談じゃないか丸で……どうもお前の話は危なっかしいね。マトモに聞いてたら損をしそうだ」
「ヘエ。どんな事か存じませんが証拠は御覧の通りなんでヘエ。……でげすから村の連中は子供でもそのキリシタン寺の地内へ遊びに遣りませんそうで……あの地内でウッカリ転んだりすると破傷風になるとか、何とか申しましてナ……」
「フウム。そんな事が在るもんかなあ今の世の中に……」
「ヘエ。何だか存じませんが三百年前にその切支丹寺で、没義道《もぎどう》に殺された人間の白骨が、近所界隈の山の中から時々出て来るそうで御座います。梅雨時分になりますと、よく人魂《ひとだま》が谷々を渡りまして、お寺の方へ参りますそうで……ヘエ。手前共も怖《こ》おう御座んしたが、思い切ってその荒地の中へ立ち入りまして、スッカリ見て参じました。序《ついで》に御参考までもと存じまして、方丈の跡らしい処に咲いておりましたこの花を摘《つ》んで参いりましたんで……何しろ珍らしい、お話の種と思いましたから……ヘエ」
 貫七爺は、そう云って又眼玉を凹ました。扇を開いて汗掻いた頭を上の方から煽ぎ初めた。
 私はイクラカ薄気味わるく、その白くれない[#「くれない」に傍点]の花を抓《つま》み上げてみた。
「ふうむ。俺の知っている奴が九州大学の農学部に居るからこの紅《あか》と白の花を両方とも送ってやろう。おんなじ花が植えた処によって違った色に咲くような事実が在り得るかどうか聞いてやろう。怪談なんてものは、ちょとしたネタから起るもんだからね」
「ヘエ。それが宜しゅうがしょう。案外掘ってみたら切支丹頃の珍品が出て来るかも……」
「馬鹿。商売気を出すなよ」
「ヘヘヘ。千両箱なんぞが三つか四ツ……」
「大概にしろ。そんな事あドウでもいい。それよりも問題はこの刀身《かたな》だ」
 私は、今一度、古鞘から裸刀身《はだかみ》を引出した。
「いい刀身《かたな》だよ。磨《とぎ》は悪いがシャンとしている。中心《なかご》は磨上《すりあげ》らしいが、しかし鑑定には骨が折れるぞコイツは……」
「ヘヘヘ、……そう仰言ればもう当ったようなもんで……」
「黙ってろ……余計な文句を云うな。ふうむ。小丸気味の地蔵帽子で、五《ぐ》の目《め》の匂足《におい》が深くって……打掛疵《うちかけきず》が二つ在るのは珍らしい。よほど人を斬った刀だな。先ず新藤五《しんとうご》の上作と行くかな……どうだい」
「……ヘイ。結構でげすが、新藤五は皆様の御鑑定の行止まりなんで……ヘエ」
「零点《イヤ》なのかい……ウーム。驚いたよ。お前は知っているのかい作者《うちて》を……」
「ヘエ。存じております。この刀身《かたな》だけの本阿弥《いえもと》なんで……ヘエ」
「ムウム。弱ったよ。関でもなしと……一つ直江志津《なおえしづ》と行くかナ」
「ヘエッ。恐れ入りました。二本目当り八十点……この福岡では旦那様お一人で……」
「おだてるなよ。しかし直江志津というと折紙でも附いているのかい本阿弥《ほんあみ》さん」
「ヘヘ。……それがその……折紙と申しますのはこのお書付《かきつけ》なんで……ヘエ」
 貫七爺は懐中から新聞紙に包んだ分厚い罫紙の帳面を取出した。生|漉《ずき》の鳥の子で四五帖分はある。大分古いものらしい。
「どこに在ったんだい。そんなものが」
「ヘエ。やはり今申しました区長さんの処に御座いましたんで……何でもその区長さんと申しますのが太閤様時代からその村の名主さんだったそうで……」
「成る程。その人が地所と一所《いっしょ》にこの刀を売りに出したんだな」
「ヘエ。当主があんまり正直過ぎて無尽《むじん》詐欺に引っかかったんだそうで……」
「それじゃこの帳面は刀身《かたな》と一所に貰っといていいんだナ」
「ヘエ。どうぞ。まあ内容《なか》を御覧なすって……私どもにはトテも読めない、お家様で御座います」
「ふうむ。待て待て……」
 私は書見用の眼鏡をかけて汚染《しみ》だらけの白紙の表紙を一枚めくってみた。(註曰。以下掲ぐる文章は殆んど原文のままである。読み難《にく》い仮名を本字に、本字を仮名に、天爾遠波《てにをは》の落ちたのを直し補った程度のものに過ぎない)

    片面鬼三郎《かたつらおにさぶらう》自伝

 われ生まれて神仏を信ぜず。あまたの人を斬りて罪
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