き止まりである。洗練された生命の表現そのものである。そうして、その洗練された生命の表現によって、仮面と装束とを舞わせる舞台芸術を吾人は「能」と名付けて、鑑賞しているのである。
 右に就いて私の師匠である喜多六平太氏は、筆者にコンナ話をした事がある。
「熊(漢音ゆう)の一種で能(のう)という獣がいるそうです。この獣はソックリ熊の形でありながら、四ツの手足がない。だから能の字の下に列火がないのであるが、その癖に物の真似がトテモ上手で世界中で有りとあらゆるものの真似をすると言うのです。『能』というものは人間が形にあらわしてする物真似の無調法さや見っともなさを出来るだけ避けて、その心のキレイさと品よさで、すべてを現わそうとするもので、その能と言う獣の行き方と、おんなじ行き方だというので能と名付けたと言います。成る程、考えてみると手や足で動作の真似をしたり、眼や口の表情で感情をあらわしたり、背景で場面を見せたりするのは、技巧としては末の末ですからね」
「能」という名前の由来、もしくは「能」の神髄に関する説明で、これ位穿った要領を得た話はない。東洋哲学式に徹底していると思う。



底本:「日本の名随筆87 能」作品社
   1990(平成2)年1月25日第1刷発行
   1991(平成3)年9月1日第3刷発行
底本の親本:「夢野久作全集 第七巻」三一書房
   1970(昭和45)年1月発行
入力:渡邉つよし
校正:門田裕志
2002年11月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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