をして見せた。
「……アハハハハハハハハ……アッハッハッハッ……」
 と私は不意打ちに笑い出した。彼女が眼まぐるしく瞬を続けるのを見返りながら、
「……アハアハアハアハ……嘘だよ……今のは……。アハハハハハ。まあ、お前さんの好きなようにするさ。おれは知らん顔をしといてやるから……」
 彼女は湯冷めで真白になった全身を、ブルブルと慄《ふる》わせつつ、唇を血の出る程噛みしめた。……と思うとやがて、湯気に濡れた長い睫毛《まつげ》を、ソッと蛇紋石の床の上に落した。
 私は、勢いよく大理石槽の湯の中へ飛び込んだ。ザブリザブリと身体を洗いつつ、坐ったまま彫像のように固くなっている彼女を眺めた。たまらない可笑《おか》しさを笑いつづけた。
「アハハハハハ。アハハハハハ。ここへお這入りよ。風邪を引くよ。……今のは嘘だったら、アハハハハハハハ」

 それから三日目の寒い晩であったと思う。
 温泉|行《ゆき》以来、音も沙汰もしなかった伊奈子が、何と思ったかお化粧も何もしない平生着《ふだんぎ》のまま、上等の葉巻きを一箱お土産に持って日暮れ方にヒョッコリと遣って来た。そうして近所のカフェーから、不味《まず》い紅
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