熱情や、拙劣な技巧によって痛切に表現されている心的の波動を、宇宙間無上の芸術ででもあるかのように飽かず飽かず眺めまわしつつ、あらん限りの空想や妄想を逞しくする時間が殖えて来た。私は自分の肉体と精神の弾力が、日に日にダラケて消え失せて行くのを感じた。しまいには壁の美人画の永久に若い、生き生きした微笑から、一種の圧迫を感ずるくらいにまで神経が弱って行った。……私は近いうちに死ぬかも知れない。病気にかかるか、それともキチガイになるか、自殺するかして……というような薄暗い予感に襲われ初めたのはこの頃からの事であった。叔父はこうして私を衰滅させるためにヤケに給料を殖やしているのではないか知らん。もしそうならば構う事はない。死にがけに叔父の頭を鉄鎚でなぐってお礼を云ってやろう……なぞと真面目に考えたりした。
 そのうちに叔父は満五十歳になった。私は二十歳になった。
 叔父が独身者である事を、私が初めて知ったのはこの頃の事であった。

 二十歳になるまで七八年間も一緒に居た叔父が、独身者かどうか気付かなかったといったら笑う人があるかも知れない。しかしこれは私の正真正銘のところであった。私はそれほど左
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