主人の居間の扉《ドア》がガチャリと開《あ》いた音がしたので、ハッと眼を醒まして無意識の裡《うち》に起き上り、鍵穴からソッと覗いてみると、いつも寝間着姿で仕事をしていると聞いていた主人が、チャント洋服を着ている。今しがた帰って来て、イチ子自身がホコリを払ってやった時の通りの黒いモーニングと白チョッキと荒い縞のズボンを穿いている……つまり今朝《けさ》の屍体が着ていたのと同じものだね。のみならず主人の背後の扉《ドア》の蔭からチラリと動いた赤いものが見えた。大きな蛇が赤い舌を出した恰好に見えたのでギョッとして、頭から布団を冠ってしまったが、あとから考えると、それはお嬢様の振袖と、絽《ろ》の襦袢《じゅばん》の袖だったに違いないと云うんだ。……何でもその時に女中部屋の時計がコチーンコチーンと二時を打つのを夜着《よぎ》の中で聞いたというがね」
「ははあ……重大な暗示《ヒント》ですなあ。それは……」
「暗示《ヒント》? 何の暗示だというのだね」
「イヤ。別に暗示《ヒント》という訳では[#底本では「は」が脱落]ありませんが、しかし、それはソンナに遅くまで、轟九蔵氏と天川呉羽嬢があの事務室に居た証拠として
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