手酷しいですな今夜は……下へ行くと新聞記者がワンサと[#底本では「と」が脱落]待ちうけているんですよ。犯人の逮捕を警察で発表したらしいんですからね。どうしても僕じゃ承知しないんです。貴女《あなた》でなくちゃ……」
「新聞記者の方が五月蠅《うるさ》くないわ。貴方の質問よりも……」
「そう邪慳に云うものじゃありません。だからよく打合わせとかなくちゃ……その……これはこの劇場の運命と重大な関係のある話なんですよ。この劇場の運命は貴女《あなた》の御返事一つにかかっていると云ってもいいんです」
「勿体振る人あたし嫌い……」
「いいですか……ビックリしちゃ不可《いけ》ませんよ」
「余計なお世話じゃないの……ビックリしようとしまいと……早く仰言いよ」
「それじゃ云いますがね……貴女《あなた》はね……」
「あたしがね……」
「この頃毎晩女中が寝静まってしまってから……轟さんの処へ押かけて行って、結婚したい結婚したいって仰言るそうじゃないですか……ハハハ……どうです……吃驚《びっくり》したでしょう……」
 呉羽は見る見る中《うち》に硝子《ガラス》瓶のように血の気を喪った。屹《き》っと身を起して笠支配人の真正面に正座して、唇をキリキリと噛んだまま睨み付けた。心持ち青味を利かした次の幕のメーキャップが一層物凄く冴え返った。カスレた声が切れ切れに云った。
「……それを……どうして……知ってらっしゃる」
 笠支配人は鬼気を含んだ相手の美くしさに打たれたらしかった。テラテラした脂顔《あぶらがお》の光りを急に失くして、両手をわなわなと握合わせながら腰を浮かした。
「……そ……それは……ソノ……轟さんから聞きました。四五日……前の事です。轟さんは、思案に余って御座ったらしく、私に二度ばかりコンナ話をされたのです。劇場《ここ》の地下食堂で轟さんと二人切りになった時です」
 呉羽が深くうなずいた。すこし張合が抜けたらしかった。
「あなたが探り出した訳じゃないんですね」
「そうです。轟さんから直接に聞いたのです。クレハは俺を見棄てて結婚しようと思っている。しかし俺はあのクレハを度外視《ぬきに》してこの劇場をやって行く気は絶対にない。クレハの結婚は俺にとって致命傷だ。俺はドンナ事があってもクレハの結婚を許す気にならん……とこう云われたのです」
「……………」
「そうして昨日《きのう》、二人で自動車で出かける時に又コンナ事を云われたのです……クレハの奴、飛んでもない人間と結婚しようと思っている。あんな奴と結婚したら、クレハ自身ばかりじゃない俺までも破滅しなくちゃならん。俺とクレハの一生涯の恥を晒《さら》すことになるんだ。今夜こそ彼女《あいつ》の希望をドン底までタタキ潰してくれる。たとい打殺《うちころ》しても二度とアンナ希望を持たせないようにするつもりだ……と非常に昂奮していられましたがね」
 呉羽は笠支配人の話の中《うち》に、それこそホントウにタタキ附けられたように椅子の中へ埋もれ込んだ。肩を窄《すぼ》めて眼を伏せたまま深い深いふるえたタメ息をした。
「一体あなたがその結婚したいと仰言る相手は誰なのですか。私は直接に貴女《あなた》のお口から聞きたいのですが、ドナタなのですか一体……面白い相手ならば私も一口、御相談相手になって上げたい考えですがね」
「……………」
 相手が参っている姿をマトモに見た笠支配人は、思わずニンガリと笑った。頬杖を突いて身を乗出したいところであったろうが、卓子《テーブル》が無いので仕方なしに腕を組んでグッと反身《そりみ》になった。なおなお呉羽を脅やかして、勝利の快感に酔いたい恰好であった。
「……仰言れないでしょうね。こればかりは……ヘヘヘ。しかしコチラにはちゃんとわかっておりますよ。ヘヘヘ。お隠しになっても駄目ですよ……あなたのお父さん……だか、赤の他人だか知りませんが轟九蔵さんはその時に、こんなような謎を云い残しておられるのです。そのクレハの結婚の相手というのがアンマリ意外なので俺は全くタタキ付けられてしまったんだ。ほかでもないあの脚本書きの江馬[#底本では「司馬」と誤記]兆策の妹のミドリなんだ。つまり同性愛という奴で、あの女に対してクレハの奴がとても深刻な愛を感じているんだね。俺はこの頃、毎晩仕事に疲れて、アタマがジイインとなって、何もかも考えられなくなっているところへ、クレハの奴が又こんなような飛んでもない変テコな問題を持込んで来やがるもんだから、いよいよ考え切れなくなって君に……つまり私にですね……相談をかけてみるんだが、一体、俺はドウしたらいいんだろう……クレハの奴は幼少《ちいさ》い時から無残絵描きの父親の遺伝を受けていると見えてトテモ片意地な、風変りな性格の奴であったが、その上にこの頃、あんな芝居ばかりさせられて来たもんだから根性
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