蕃小僧はスッカリ喜んじゃったのですね。大胆にもオッチニの金モール服のまま、他所《よそ》から帰って来る若親分を、町外れの草原《くさはら》で捕まえて面会したのだそうです。そうして奥さんの不行跡《ふしだら》を自分一人が知っている事のように洗い泄《ざら》い並べ立てて脅迫しながら、済まないがここのところを暫くの間、眼をつむってもらえまいか。稼ぎ高を山分けに致しますから……とか何とか厚顔《あつか》ましい事を云って、柔らかく固く相談をしますと、不思議にも若親分が、青い顔をして暫く考えた後《のち》に、黙って承知したんだそうです。モトモト久蔵親分は、好きで渡世人になった訳じゃないし、法律の一つも心得ているだけに、東京へ出て一旗上げたい上げたいと思いながら、因縁に引かれ引かれて足を洗いかねているところへ、最愛の女房《おかみさん》から踏み付けにされちゃったのですからスッカリ気を腐らしたのでしょう。そうして生蕃小僧に別れると直ぐに久蔵親分は、甘木柳仙の処を尋ねて、すみませんがモウお雛様がお片付きのようですから、御宅のお嬢さんを又、暫く私に貸して頂けますまいか。久し振りに抱《だ》っこして寝たいですからと申込みました……久蔵親分は若い人に似合わない子供好きで、見付の子供は皆オジサンオジサンと云って懐《なつ》いていたそうです。わけてもこの柳仙の処の子供は、特別に可愛がっていたせいでしょう。まるで親のように懐《なつ》いておりましたし、それまでにも度々そんな事がありましたので、柳仙夫婦は快く子供の着物を着かえさしたりお菓子や寝床まで風呂敷に包んで、若親分に渡してやったそうです。
……それから若親分は自宅へ帰ると、直ぐに乾児《こぶん》どもを呼集め、その大勢の眼の前に、若い奥さんと世話人を呼付けてアッサリ離別を申渡しましたので、二人ともグーの音《ね》も出ないで荷物を片付けてスゴスゴと田舎へ帰りました。それを見送った若親分は……ほんとに済まない事をした。俺の顔ばかりでなくお前たちの顔まで潰してしまった。俺はモウ決心を固めているのだからこの際何も云うてくれるなと云って乾児《こぶん》の中《うち》の一人に自分の席を譲り、その場で、お別れの酒宴を初めました。
……一方に柳仙夫婦の一軒屋へ生蕃小僧が忍び入って、夫婦と女中の三人を惨殺し、家中《うちじゅう》を引掻きまわして逃げて行ったのは、ちょうどその暁方《あけが
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