んだよ。犯人の目星はモウ付いているんだからね。寝呆《ねぼ》けた小娘の眼で見た事なんか相手にせんでモット常識的に考えんとイカン」
「常識的と云いますと……」
「まあ聞き給え。こうなんだ。呉羽嬢は無論そんな真夜中に起きて、そんなに盛装なんかして九蔵氏の部屋に這入った覚えなぞ、今までに一度もないと云い張るんだ」
「それあそうでしょう」
「女中の市田イチ子の奴も、今になって考えてみますと何だか、自分の眼が信じられないような気がします。あれは私がトロトロした間《ま》に見た夢なのかも知れません……なんかとアイマイな事を云い出しやがるし……」
「云うかも知れませんね。そんな事をウッカリ証言したら、アトで呉羽嬢に何をされるか解りませんからね」
「君。想像は禁物だよ。チャンとした拠点《よりどころ》のある証言を基礎として考えなくちゃ……」
「モウ、それだけですか。変った事は……」
「……アッ……それから今一つチョット変った事がある。何でもない事だが、君一流の想像を複雑に[#底本では「に」が脱落]させる材料には持って来いだろう。ほかでもない……今朝《けさ》、呉羽嬢の起きるのが約一時間ばかり遅れたんだそうだ。これも市田イチ子の証言だがね」
「ヘエ。いよいよ以て聞捨てになりませんね」
「ウン。平生《いつも》は女中に起されなくとも、キッチリ九時には起きて来た呉羽嬢が、今朝《けさ》に限って九時半頃まで起きないので、ヨネとイチの二人の女中が顔を見合わせたそうだ。どうかしたんじゃないかというので二人がかりで起しに行ってみたらグーグー寝ている気はいがする。それを猛烈に戸をたたいたり、叫んだりしてヤット起したりしたら、不承不承に起きて来た。真白い羽二重《はぶたえ》のパジャマを引っかけながら、どうも昨夜、催眠剤《おくすり》を服《の》み過ぎたらしいと云い云い湯に這入ったというんだ」
「ヘエ……わからないなあ」
 と云ううちに文月巡査は、眼前《めのまえ》の机《テーブル》の上に身体《からだ》を投げかけて両肱を突いた。シッカリと頭を抱え込むと、溜息と一所に云った。
「スッカリわからなくなっちゃった」
「何がわからんチューのか……ええ?」
「……もし、それが事実なら、やっぱり呉羽嬢が九蔵氏を殺したのじゃない。不思議な足跡の主……つまり九蔵氏を脅迫した奴が殺したんだ」
「ホオ。なかなか明察だね。どうしてわかる」
 若
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