呉羽嬢の姿を見ると、何度出合うてもビックリするくらい美しい。青々とした濃い眉が生え際に隠れるくらいボーッと長い。睫《まつげ》が又西洋人のように房々と濃い。眼が仏蘭西《フランス》人形のように大きくて、眦《まなじり》がグッと切れ上っている上に、瞳がスゴイ程真黒くて、白眼が、又、気味の悪いくらい青澄《あおず》んで冴え渡っている。その周囲を、死人《しびと》色の青黒い、紫がかったお化粧でホノボノと隈取って、ダイヤのエース型の唇を純粋の日本紅で玉虫色に塗り籠めている……」
「ハハハ。どうも細かいですなあ」
「女中がソウ云いおったのじゃからなあ……オット忘れておった。鼻がステキだと云うのだ。芝居のお殿様の鼻にでもアンナ立派な鼻はない。女の鼻には勿体ないと女中が云いおったがね。ハハハ……女じゃからそこまで観察が出来たもんじゃ。そいつが四尺近くもあろうかと思われる長い髪を色々な日本髪に結うのじゃそうなが、髪結いの手にかけると髪毛《かみのけ》が余って手古摺《てこず》るのでヤハリ自分で結うらしい」
「してみると入浴の一時間は長くないですな。寧《むし》ろ短か過ぎる位ですな」
「何でも呉羽は早変りの名人だけに、余程手早く遣るらしい。それからこの頃だと紅色の燃え立つような長|襦袢《じゅばん》に、黒っぽい薄物の振袖を重ねて、銀色の帯をコックリと締め上げて、雪のようなフェルト草履《ぞうり》を音もなく運んで浴室から出て来ると、とてもグロテスクで、物すごくて、その美くしさというものは、ちょうどお墓の蔭から抜け出た蛇の精か何ぞのような感じがする。恐怖劇の女優というが、真昼さなかに出合うてもゾーッとするのう……ハハハ……これは勿論、吾輩の感想じゃが……」
「見たいですねえ。ちょっと……そんなタイプの女は想像以外に見た事がありません」
「ハハハ。そのうち帰って来るからユックリと見るがええ。しかし惚れちゃイカンゾ」
「……相すみません……洋装はしないのですか」
「ウム。時々洋装もするらしいが、その洋装はやはり旧式で、帽子の大きい袖の長い、肌の見えぬ奴じゃそうなが、よく似合うという話じゃよ」
「ヘエ。それから今チョット不思議に思ったのですが、その呉羽嬢は湯殿の中からイキナリ盛装して出て来るのですか」
「そうらしいのう」
「妙ですね。そうすると平生着《ふだんぎ》というものを持たない事になりますね。……つまり外に出
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