り証拠だ。天川呉羽がコンナ絶好のチャンスを見逃す筈がないんだ。果せる哉《かな》、新聞屋連中はこうした呉羽嬢の芝居に百パーセントまで引っかかってしまって、まるで呉羽嬢の宣伝のために轟氏が殺されたような記事の書き方をしているが、吾々警察官は絶対にソンナ芝居やセリフに眩惑されちゃいけないんだよ。下手な探偵小説じゃあるまいし、名探偵ぶった天川呉羽の御祈りの文句なんかを考慮に入れたり何かしたら飛んでもない間違いを起すにきまっているんだからね。誰も相手にしてやしないよ」
「成程《なるほど》ねえ。わかりました。しかし、それにしても、まだわからない事が多いようですね」
「何でも質問してみたまえ。現場に立会ったんだから知ってる限り即答出来るよ」
「第一……にですね。あの窓を明《あ》けて這入って来た犯人が、どうしてわからなかったのでしょう被害者に……」
「ウム。豪《えら》い……そこが一番大切な現実の問題なんだよ。同時に司法主任、判検事も、首をひねっているところなんだよ。あの通り窓の締りは、捻込《ねじこ》みの真鍮棒になっとるし、あの窓枠の周囲には主人の轟氏以外の指紋は一つも無い。しかも、それがあの窓に限って念入りに、ベタベタと重なり合って附いているのだから変梃《へんてこ》だよ。よっぽど特別な……或る極めて稀な場合を想像した仮説以外には、説明の附けようがないのだ」
「ヘエ。轟氏がお天気模様か何かを見たあとで締りをするのを忘れていたんじゃないですか」
「どうしてどうして。被害者は平生から極めて用心深くて、寝がけに女中に命じて水を持って来させる時に、一々締りを附けさせるし、そのアトでも自分で検《あらた》めるらしいという厳重さだ」
「それじゃ家内の者が開けて、加害者を這入らせたとでもいうのですか」
「つまりそうなるんだ……という理由はほかでもない。この事務机《デスク》の右の一番上の曳出《ひきだし》に一梃のピストルが這入っていた。それも旧式ニッケル鍍金《めっき》の五連発で、多分、明治時代の最新式を久しい以前に買込んだものらしい。弾丸《たま》も手附かずの奴が百発ばかり在ったが、それを毎日毎日手入れをしておった形跡があるのじゃから、被害者の轟氏はズット以前から何か知ら脅迫観念に囚《とら》われておったことがわかる。それが仮りに他人から怨《うらみ》を受けているものとすれば、やはりピストルと同じ位に古い因縁
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